・・・殊に庭へ下りた犬が、泥足のまま上って来なぞすると、一日腹を立てている事もあった。が、ほかに仕事のないお蓮は、子供のように犬を可愛がった。食事の時にも膳の側には、必ず犬が控えていた。夜はまた彼女の夜着の裾に、まろまろ寝ている犬を見るのが、文字・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・時に由ると、嬉しくて堪らぬように踵から泥足のまま座敷まで追掛けて来てジャレ付いた。ジャレ付くのが可愛いような犬ではなかったが、二葉亭はホクホクしながら、「こらこら、畳の上が泥になる、」と細い眼をして叱りつけ、庭先きへ追出しては麺麭を投げてや・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・さなくば僕の泥足に涙ながして接吻する。君にして、なおも一片の誠実を具有していたなら! 吉田潔。」 中旬 月日。「拝呈。過刻は失礼。『道化の華』早速一読甚だおもしろく存じ候。無論及第点をつけ申し候。『なにひとつ真実・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・みんな泥足でヘタヘタ座敷へ逃げ込みました。 平右衛門は手早くなげしから薙刀をおろし、さやを払い物凄い抜身をふり廻しましたので一人のお客さまはあぶなく赤いはなを切られようとしました。 平右衛門はひらりと縁側から飛び下りて、はだしで門前・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・ けれ共、段々彼方此方片附け出すと、泥足の跡のある着物だの、紙片れだのが発見された。 その中でも、最も皆を縮み上らせたのは、湯殿の化粧台のそばに落ちて居た一枚の「ぼろ」であった。 うす黄い、疎な木綿の二尺ほどの布は、何か包んで居・・・ 宮本百合子 「盗難」
出典:青空文庫