・・・異人種間の混血児は特別なる注意の下に養育されない限り、その性情は概して両人種の欠点のみを遺伝するものだというが、日本現代の生活は正しくかくの如きものであろう。 銀座界隈はいうまでもなく日本中で最もハイカラな場所であるが、しかしここに一層・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・太十はいつでも犬に就いて注意を懈らない。彼はすぐに番小屋を出た。蜀黍の垣根の側に手拭を頬かぶりにした容子の悪い男がのっそりと立って居る。それは犬殺しで帯へ挿した棍棒を今抜こうとする瞬間であった。人なつこい犬は投げられた煎餅に尾を振りながら犬・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・と一人が云うと「動くと画が崩れます」と一人が注意する。「画になるのもやはり骨が折れます」と女は二人の眼を嬉しがらしょうともせず、膝に乗せた右手をいきなり後ろへ廻わして体をどうと斜めに反らす。丈長き黒髪がきらりと灯を受けて、さらさらと・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・私は自分の養生に注意し始めた。そして運動のための散歩の途中で、或る日偶然、私の風変りな旅行癖を満足させ得る、一つの新しい方法を発見した。私は医師の指定してくれた注意によって、毎日家から四、五十町の附近を散歩していた。その日もやはり何時も通り・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・駐在所は会社の事務所に注意した。会社員は組員へ注意した。組員は名義人に注意した。名義人は下請に文句を言った。 下請は世話役に文句を云った。世話役が坑夫に、「もっと調子よくやれよ。八釜しくて仕様がないや」「八釜しい奴あ、耳を塞いど・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・新造の注意か、枕もとには箱火鉢に湯沸しが掛かッて、その傍には一本の徳利と下物の尽きた小皿とを載せた盆がある。裾の方は屏風で囲われ、頭の方の障子の破隙から吹き込む夜風は、油の尽きかかッた行燈の火を煽ッている。「おお、寒い寒い」と、声も戦い・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・是れも所謂言葉の采配、又売物の掛直同様にして、斯くまでに厳しく警めたらば少しは注意する者もあらんなど、浅墓なる教訓なれば夫れまでのことなれども、真実真面目に古礼を守らしめんとするに於ては、唯表向の儀式のみに止まりて裏面に却て大なる不都合を生・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
脚本作者ピエエル・オオビュルナンの給仕クレマンが、主人の書斎の戸を大切そうに開いた。ちょうど堂守が寺院の扉を開くような工合である。そして郵便物を載せた銀盤を卓の一番端の処へ、注意してそっと置いた。この銀盤は偶然だが、実際あ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・裁判官が再三注意を与えて、七、其方は火をつけたのではあるまい、火を運んで居て誤って落したのであろう、などというたかもしらぬ。その時お七はわろびれずに、いいえ、吉三さんに逢いたいばかりに、火をつけたらもし逢わりょうかと思うて、つけたのでござい・・・ 正岡子規 「恋」
・・・今日は参観者もあるのだから、殊に注意しないといけない。左向けの時、右向けをした者、前へ進めを右足からはじめた者、かけ足の号令で腰に手をあげない者、みんな後で三つずつせ中をつねる。いいか。わかったか。八番。」 八番の小猿が云いました。・・・ 宮沢賢治 「さるのこしかけ」
出典:青空文庫