・・・などと註釈めいたことをつけ加えていました。僕も幽霊を信じないことはチャックとあまり変わりません。けれども詩人のトックには親しみを感じていましたから、さっそく本屋の店へ駆けつけ、トックの幽霊に関する記事やトックの幽霊の写真の出ている新聞や雑誌・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 彼は時々話の合い間にこう言う註釈も加えたりした。僕も勿論僕自身に何の損害も受けない限り、決して土匪は嫌いではなかった。が、いずれも大差のない武勇談ばかり聞かせられるのには多少の退屈を感じ出した。「そこであの女はどうしたんだね?」・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・が、爰に一つ註釈を加えねばならないのは元来江戸のいわゆる通人間には情事を風流とする伝襲があったので、江戸の通人の女遊びは一概に不品行呼ばわりする事は出来ない。このデカダン興味は江戸の文化の爛熟が産んだので、江戸時代の買妓や蓄妾は必ずしも淫蕩・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・この十八歳の娘さんのいじらしいばかりに健気な気持については、註釈めいたものは要らぬだろう。ひとはしばらく眼をつぶって、この娘さんの可憐な顔を想像してくれるがよい。 織田作之助 「十八歳の花嫁」
・・・かず枝は傍から註釈した。 酔っていた。笑い笑い老妻とわかれ、だらだら山を下るにしたがって、雪も薄くなり、嘉七は小声で、あそこか、ここか、とかず枝に相談をはじめた。かず枝は、もっと水上の駅にちかいほうが、淋しくなくてよい、と言った。やがて・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・私は、これから六回、このわずか十三ページの小品をめぐって、さまざまの試みをしてみるつもりなのであるが、これが若し HOFFMANN や KLEIST ほどの大家なら、その作品に対して、どんな註釈もゆるされまい。日本にも、それら大家への熱愛者・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・よい加減なひとり合点の註釈をつけることでしょう? いやですよ。私は創るのだ。」「なにをつくるのです。発明かしら?」 青扇はくつくつと笑いだした。黄色いジャケツを脱いでワイシャツ一枚になり、「これは面白くなったですねえ。そうですよ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・一こと理窟を言いだしたら最後、あとからあとから、まだまだと前言を追いかけていって、とうとう千万言の註釈。そうして跡にのこるものは、頭痛と発熱と、ああ莫迦なことを言ったという自責。つづいて糞甕に落ちて溺死したいという発作。 私を信じなさい・・・ 太宰治 「玩具」
・・・どんな素晴らしいフェノメンも愛のほんの一部分の註釈にすぎません。ああ、またもや甘ったるい事を言いました。お笑い下さいませ。愛は、人を無能にいたします。私は、まけました。 教養と、理智と、審美と、こんなものが私たちを、私を、懊悩のどん底の・・・ 太宰治 「古典風」
・・・けれども、家の者は、何やら小さい手帖に日記をつけている様子であるから、これを借りて、それに私の註釈をつけようと決心したのである。「おまえ、日記をつけているようだね。ちょっと貸しなさい。」と何気なさそうな口調で言ったのであるが、家の者は、・・・ 太宰治 「作家の像」
出典:青空文庫