この農園のすもものかきねはいっぱいに青じろい花をつけています。 雲は光って立派な玉髄の置物です。四方の空を繞ります。 すもものかきねのはずれから一人の洋傘直しが荷物をしょって、この月光をちりばめた緑の障壁に沿ってや・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・紳士はポケットから小さく畳んだ洋傘の骨のようなものを出しました。「いいか。こいつを延ばすと子供の使うはしごになるんだ。いいか。そら。」 紳士はだんだんそれを引き延ばしました。間もなく長さ十米ばかりの細い細い絹糸でこさえたようなはしご・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・そのたびにキッコの8の字は変な洋傘の柄のように変ったりしました。それでもやっぱりキッコはにかにか笑って書いていました。「キッコ、汝の木ペン見せろ。」にわかに巡査の慶助が来てキッコの鉛筆をとってしまいました。「見なくてもい、よごせ。」キッ・・・ 宮沢賢治 「みじかい木ぺん」
洋傘だけを置いて荷物を見にプラットフォームへ出ていた間に、児供づれの女が前の座席へ来た。反対の側へ移って、包みを網棚にのせ、空気枕を膨らましていると、「ああ、ああ、いそいじゃった!」 袋と洋傘を一ツの手に掴んだ肥っ・・・ 宮本百合子 「一隅」
レーク・Gへ行く前友達と二人で買った洋傘をさし、銀鼠の透綾の着物を着、私はAと二人で、谷中から、日暮里、西尾町から、西ケ原の方まで歩き廻った。然し、実際、家が払底している。時には、間の悪さを堪え、新聞を見て、大崎まで行き、・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・ 女は洋傘の甲斐絹のきれをよこに人指し指と、中指でシュシュとしごきながらふるいしれきったつまらないことを云った。 それで自分では出来したつもりで、かるいほほ笑みをのぼせて居る。 私はまるで試験官のようなひやっこいはっきりした心地・・・ 宮本百合子 「砂丘」
・・・雨の用意の洋傘を中歯の爪皮の上について待っていると、間もなく反対の方向から一台バスがやって来た。背広で、ネクタイをつけ、カンカン帽をかぶった四十男が運転台にいる。見馴れぬ妙な眺めだ。 坂の下り口にかかると、非常に速力をゆるめ、いかにも、・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・鼈甲細工屋と、洋傘屋の多いのに驚いた。長崎の初夏は、女の人々に洋傘がこれ程重大がられるのだろうか。鼈甲、品質はよいのだろうが、図案もう一息。特に飾ピンなど。寄合町迄行って帰りに驟雨に会った。 第二日 多忙な永山・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・反射の強い日光を洋傘一つにさけて島津家の庭を観、集成館を見物し、城山に登る。城山へは、宿の横手の裏峡道から、物ずきに草樹を掻き分け攀じ登ったのだから、洋服のYは泰然、私はひどく汗を掻いた。つい目の先に桜島を泛べ、もうっと暑気で立ちこめた薄靄・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 店の繁盛なことや、暮しのいいことなどを、しまいに唇の角から唾を飛ばせながら喋る番頭の傍について、在の者のしきたり通り太い毛繻子の洋傘をかついだ禰宜様は、小股にポクポクとついて行ったのである。 海老屋では、家事を万事とりしきってして・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫