・・・ 地震によって惹起される津波もまたしばしば、おそらく人間の一代に一つか二つぐらいずつは、大八州国のどこかの浦べを襲って少なからざる人畜家財を蕩尽したようである。 動かぬもののたとえに引かれるわれわれの足もとの大地が時として大いに震え・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 津波の記事の加えられているのは地震国たるギリシア・ローマの学者にして始めてありうるものであろう。 次には大洋の水量の恒久と関係して蒸発や土壌の滲透性が説かれている。 火山を人体の病気にたとえた後に、物の大きさの相対性に論及し、・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・黄色い砂が津浪の様に押寄せて来ては栄蔵の鼻と云わず口と云わずジャリジャリに汚して行く。 ややもすれば、飛びそうに浮足立って居る、頭に合わない帽子を右手で押え片方の手に杖を持って、細い毛脛を痛いほど吹きさらされながら真直な道を栄蔵はさぐり・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・薄弱な客観的判断力を、津浪のような軍事的強権で押し流して、その人々の考える「公的」なものの中へ、人民生活の全面を集注させたのであった。 世界連帯のひろやかな展望から見て、旧い領土問題から出発した「日本のため」という観念が、どんなに狭い限・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・或るところでは、体をうしろに反らせた駈足となり、幾本もの旗は列をとりまいてひらめき、わっしょ、わっしょという地鳴りのような声々とザッザッ、ザッザッと規則正しくふみしめる靴音は津波のように迫って、やがてその蜒々たる列伍は、歴史的な時間の彼方に・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・彼の家で育った二十幾年かが、津浪のような記憶で、自分の感傷を溺らせた。 翌日、自分は心が寥しく病んだようになり、一日床についた。 その夜から、十一月の四日迄、まる一箇月、自分は到頭林町に足踏みしなかった。 今までの、何時、彼方か・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・樹木の多いせいか、大きなササラでもすり合わせるような、さっさっさっさっと云う無気味な戦ぎが、津波のように遠くの方から寄せて来ると一緒に、ミシミシミシ柱を鳴して揺れて来る。 廊下に立ったまま、それでも大分落付いて私は、天井や壁を見廻した。・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫