・・・我々が吉良殿を討取って以来、江戸中に何かと仇討じみた事が流行るそうでございます。」「ははあ、それは思いもよりませんな。」 忠左衛門は、けげんな顔をして、藤左衛門を見た。相手は、この話をして聞かせるのが、何故か非常に得意らしい。「・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・――そういう往年の豪傑ぶりは、黒い背広に縞のズボンという、当世流行のなりはしていても、どこかにありありと残っている。「飯沼! 君の囲い者じゃないか?」 藤井は額越しに相手を見ると、にやりと酔った人の微笑を洩らした。「そうかも知れ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・……はて、そりゃ、しかし、若いに似合わず、流行におくれたの。敵打は近頃はやらぬがの。」「そでないでっしゅ。仕返しでっしゅ、喧嘩の仕返しがしたいのでっしゅ。」「喧嘩をしたかの。喧嘩とや。」「この左の手を折られたでしゅ。」 とわ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・極く雑なのでも裏つきで、鼻緒が流行のいちまつと洒落れている。いやどうも……柿の渋は一月半おくれても、草履は駈足で時流に追着く。「これを貰いますよ。」 店には、ちょうど適齢前の次男坊といった若いのが、もこもこの羽織を着て、のっそりと立・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・人間の自然性だの性欲の満足だのとあまり流行臭い思想で浅薄に解し去ってはいけない。 世に親というものがなくなったときに、われらを産んでわれらを育て、長年われらのために苦労してくれた親も、ついに死ぬ時がきて死んだ。われらはいま多くのわが子を・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・る、然るにも係らず、徒に茶器を骨董的に弄ぶものはあっても、真に茶を楽む人の少ないは実に残念でならぬ、上流社会腐敗の声は、何時になったらば消えるであろうか、金銭を弄び下等の淫楽に耽るの外、被服頭髪の流行等極めて浅薄なる娯楽に目も又足らざる・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・みょうが屋の商牌は今でも残っていて好事家間に珍重されてるから、享保頃には相応に流行っていたものであろう。二代目喜兵衛が譲り受けた軽焼屋はいつごろからの店であったか、これも解らぬが、その頃は最早軽焼屋の店は其処にも此処にもあってさして珍らしく・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・が、その末にこの頃は談林発句とやらが流行するから自分も一つ作って見たといって、「月落烏啼霜満天寒さ哉――息を切らずに御読下し被下度候」と書いてあった。当時は正岡子規がマダ学生で世間に顔出しせず、紅葉が淡島寒月にかぶれて「稲妻や二尺八寸ソリャ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・もし、ご結婚をなされば、この国に疫病が流行します。」と、おばあさんの予言者はいいました。 お姫さまは、これを聞いて、心配なされました。どうしたらいいだろうかと、それからというものは、毎日、赤い、長いそでを顔にあてては、泣いて悲しまれたの・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・リしているし、おまけに上さんは美しいし、このまま行けば天下泰平吉新万歳であるが、さてどうも娑婆のことはそう一から十まで註文通りには填まらぬもので、この二三箇月前から主はブラブラ病いついて、最初は医者も流行感冒の重いくらいに見立てていたのが、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫