・・・……で、恩人という、その恩に乗じ、情に附入るような、賤しい、浅ましい、卑劣な、下司な、無礼な思いが、どうしても心を離れないものですから、ひとり、自ら憚られたのでありました。 私は今、そこへ―― 五「ああ、あす・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ 隣室には、しばらく賤げに、浅ましい、売女商売の話が続いた。「何をしてうせおる。――遅いなあ。」 二度まで爺やが出て来て、催促をされたあとで、お澄が膳を運んだらしい。「何にもございません。――料理番がちょと休みましたものです・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・夫人 (吻私、どうしたんでございましょう、人間界にあるまじき、浅ましい事をお目に掛けて、私どうしたら可いでしょうねえ。画家 (止むことを得ず、手をさすり脊筋を撫気をお鎮めなさい。人形使 (血だらけの膚を、半纏にて巻き、喘はい、…・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・「なんという、人間は、浅ましい心をもっているのでしょうか。天国には、こんな考えをもっているようなものや、薄情なものは一人もないのに!」と思いました。「おじいさん、わたしが、拾ってあげます。」と、少女はいって、銀貨や、銅貨を拾って、按・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・ と、ぼろぼろ泪をこぼして、浅ましい。嘘の泪が本当とすれば、恐らく折角手折ろうとした花に逃げられる悲しさからだろうか。まさか、と思うが、しかし、存外、そんなところもあるお前だったかも知れない。 泣かれて、女事務員は辞職を思い止まった・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・マダムはすぐ酔っ払ったが、私も浅ましいゲップを出して、洋酒棚の下の方へはめた鏡に写った顔は仁王のようであった。マダムはそんな私の顔をにやっと見ていたが、何思ったのか。「待っててや。逃げたらあかんし」と蓮葉に言って、赤い斑点の出来た私の手・・・ 織田作之助 「世相」
・・・あんな人とは絶対に結婚なんかするものかと、かたく心に決め、はたの人にもいっていたくらいだのに、まるで掌をかえすように――浅ましい。ほんとうに私は焦っていたのだろうか。もしそうなら、いっそう恥かしい。いいえ、そんなことはない。焦ったりなんぞ私・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・――蝶子は声自慢で、どんなお座敷でも思い切り声を張り上げて咽喉や額に筋を立て、襖紙がふるえるという浅ましい唄い方をし、陽気な座敷には無くてかなわぬ妓であったから、はっさい(お転婆で売っていたのだ。――それでも、たった一人、馴染みの安化粧品問・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・女中部屋でもよいからと、頭を下げた客もあるほどおびただしく正月の入湯客が流れ込んで来たと耳にはいっているのに、こんな筈はないと、囁きあうのも浅ましい顔で、三人の踊子はがたがたふるえていた。 ひと頃上海くずれもいて十五人の踊子が、だんだん・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ 今でさえ見るも浅ましいその姿。 ほんに浅ましい姿。髪の毛は段々と脱落ち、地体が黒い膚の色は蒼褪めて黄味さえ帯び、顔の腫脹に皮が釣れて耳の後で罅裂れ、そこに蛆が蠢き、脚は水腫に脹上り、脚絆の合目からぶよぶよの肉が大きく食出し、全身むくみ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫