・・・「娘さん、町から、この坂を上る処に、お宮がありますわね。」「はい。」「何と言う、お社です。」「浦安神社でございますわ。」と、片手を畳に、娘は行儀正しく答えた。「何神様が祭ってあります。」「お父さん、お父さん。」と娘が・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・一日深川の高橋から行徳へ通う小さな汚い乗合のモーター船に乗って、浦安の海村に遊んだことがある。小舷を打つ水の音が俄に耳立ち、船もまた動揺し出したので、船窓から外を見たが、窓際の席には人がいるのみならず、その硝子板は汚れきって磨硝子のように曇・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・東京名物の一銭蒸汽の桟橋につらなって、浦安通いの大きな外輪の汽船が、時には二艘も三艘も、別の桟橋につながれていた時分の事である。 わたくしは朝寐坊むらくという噺家の弟子になって一年あまり、毎夜市中諸処の寄席に通っていた事があった。その年・・・ 永井荷風 「雪の日」
出典:青空文庫