・・・ もう二度と浮気はしないと柳吉は誓ったが、蝶子の折檻は何の薬にもならなかった。しばらくすると、また放蕩した。そして帰るときは、やはり折檻を怖れて蒼くなった。そろそろ肥満して来た蝶子は折檻するたびに息切れがした。 柳吉が遊蕩に使う金は・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・先生もなかなか浮気だの、新らしいのが可えだ」と言って老人は笑った。 自分も唯だ笑って答えなかった。不実か浮気か、そんなことは知らない。お露は可愛い。お政は気の毒。 酒の上の管ではないが、夫婦というものは大して難有いものでは無い。別し・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・』と指の尖で私の頬を突いて先の剣幕にも似ず上気嫌なんです。 その晩はそれで帰りましたが、サアこの話がどうしても叔母に言い出されないのでございます。それと申すのは叔母も私の母より女難の一件を聞いていますし、母の死ぬる前にも叔母に女難のこと・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・これは一方が打算から身を守るというようなことでなく、相互にそうしなければ恋愛の自覚上気がすまない。これが本当の慎しみというものだ。 学生は大体に見て二十五歳以下の青年である。二十五歳までに青年がその童貞を保持するに耐えないという理拠があ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ガーリヤは、少し上気したような顔をして喋っている。白い歯がちらちらした。薄荷のようにひりひりする唇が微笑している。 彼は、嫉妬と憤怒が胸に爆発した。大隊を指揮する、取っておきのどら声で怒なりつけようとした。その声は、のどの最上部にまで、・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・小春お夏が婦多川の昔を今に、どうやら話せる幕があったと聞きそれもならぬとまた福よしへまぐれ込みお夏を呼べばお夏はお夏名誉賞牌をどちらへとも落しかねるを小春が見るからまたかと泣いてかかるにもうふッつりと浮気はせぬと砂糖八分の申し開き厭気という・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・この原作に於てはこれからさき少しお読みになれば判ることでありますが、女房コンスタンチェひとり、その人についての描写に終始して居り、その亭主ならびに、その亭主の浮気の相手のロシヤ医科大学の女学生については、殆んど言及して在りません。私は、その・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・そう言い結んだ時に、あの人の青白い頬は幾分、上気して赤くなっていました。私は、あの人の言葉を信じません。れいに依って大袈裟なお芝居であると思い、平気で聞き流すことが出来ましたが、それよりも、その時、あの人の声に、また、あの人の瞳の色に、いま・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・云々の条は、まことに自分のような浮気ものへのよい誡めであって、これは相当に耳が痛い。この愚かな身の程をわきまえぬ一篇の偶感録もこのくらいにして差控えるべきであろう。 ある日の午前に日比谷近く帝国ホテルの窓下を通った物売りの呼び声が、丁度・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・ わたくしは路地を右へ曲ったり、左へ折れたり、ひや合いを抜けたり、軒の下をくぐったり、足の向くまま歩いて行く中、一度通った処へまた出たものと見えて、「あら、浮気者。」「知ってますよ。さっきの且那。」などと言われた。忽ち真暗な広い道のほと・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
出典:青空文庫