・・・話すことと云い、話し振りと云い、その頃東洋へ浮浪して来た冒険家や旅行者とは、自ら容子がちがっている。「天竺南蛮の今昔を、掌にても指すように」指したので、「シメオン伊留満はもとより、上人御自身さえ舌を捲かれたそうでござる。」そこで、「そなたは・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・ この頃浮浪人が出て毎晩集会所に集って焚火なぞをするから用心が悪い、と人々がいうので神社の世話役をしていた笠井は、おどかしつけるつもりで見廻りに来たのだった。彼れは固より樫の棒位の身じたくはしていたが、相手が「まだか」では口もきけないほ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・傑がもし方臘を伐って宋朝に功を立てる後談がなかったら、『水滸伝』はただの山賊物語となってしまうと論じた筆法をそのまま適用すると、『八犬伝』も八犬具足で終って両管領との大戦争に及ばなかったらやはりただの浮浪物語であって馬琴の小説観からは恐らく・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・二葉亭に親近するものの多くは鉄槌の洗礼を受けて、精神的に路頭に迷うの浮浪人たらざるを得なかった。中には霊の飢餓を訴うるものがあっても、霊の空腹を充たすの糧を与えられないで、かえって空腹を鉄槌の弄り物にされた。 二葉亭の窮理の鉄槌は啻に他・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・と、宇宙の浮浪者である風は、語って聞かせました。 哀れな木の芽は、風のいうことをともかくも感心して聞いていましたが、「それなら、どうしたら、私は強くなるのですか。」と、木の芽は、風に問いました。 風は、いちだんと悲痛な調子になっ・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・「そう言われるだろうと思って、大阪駅の浮浪者に、毛布だとか米だとかパンだとか、相当くれてやって来たんですよ」「ほう、そいつは殊勝だ」「もっとも市電がなかったので、背中の荷を軽くしなければ焼跡を歩いて帰れませんからね」「そんな・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 一人の浮浪者がごろりと横になっている傍に、五つ六つ位のその浮浪者の子供らしい男の子が、立膝のままちょぼんとうずくまり、きょとんとした眼を瞠いて何を見るともなく上の方を見あげていた。 そのきょとんとした眼は、自分はなぜこんな所で夜を・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・公園のベンチの上で浮浪者にまじって野宿していても案外似合うのだ。 そんな彼が戎橋を渡って、心斎橋筋を真直ぐ北へ、三ツ寺筋の角まで来ると、そわそわと西へ折れて、すぐ掛りにある「カスタニエン」という喫茶店へはいって行ったから、驚かざるを得な・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
一 今年の正月、私は一歩も外へ出なかった。訪ねて来る人もない。ラジオを掛けっ放しにしたまま、浮浪者の小説を書きながら三※日が済むと、はじめて外出し、三月振りに南へ出掛けた。レヴュの放送を聴いて、大阪劇場の・・・ 織田作之助 「神経」
・・・横堀の身なりを見た途端、もしかしたら浮浪者の仲間にはいって大阪駅あたりで野宿していたのではないかとピンと来て、もはや横堀は放浪小説を書きつづけて来た私の作中人物であった。 茶の間へ上って、電気焜炉のスイッチを入れると、横堀は思わずにじり・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫