・・・ これを聞棄てに、今は、ゆっくりと歩行き出したが、雨がふわふわと思いのまま軽い風に浮立つ中に、どうやら足許もふらふらとなる。 四 門の下で、後を振返って見た時は、何店へか寄ったか、傍へ外れたか。仲見世の人通り・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・彼岸桜の咲くとか咲かぬという事が話の問題になる頃は、都でも田舎でも、人の心の最も浮き立つ季節である。 某の家では親が婿を追い出したら、娘は婿について家を出てしまった、人が仲裁して親はかえすというに今度は婿の方で帰らぬというとか、某の娘は・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 煤掃きも済み餅搗きも終えて、家の中も庭のまわりも広々と綺麗になったのが、気も浮立つ程嬉しかった。「もう三つ寝ると正月だよ、正月が来ると坊やは五つになるのよ、えいこったろう……木っぱのような餅たべて……油のような酒飲んで……」 ・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・五六人の女婢手を束ねて、ぼんやり客俟の誰彼時、たちまちガラ/\ツとひきこみしは、たしかに二人乗の人力車、根津の廓からの流丸ならずば権君御持参の高帽子、と女中はてん/″\に浮立つゝ、貯蓄のイラツシヤイを惜気もなく異韻一斉さらけだして、急ぎいで・・・ 永井荷風 「上野」
・・・二重にも三重にも建て廻らされた正方形なる玉垣の姿と、並んだ石燈籠の直立した形と左右に相対して立つ御手洗の石の柱の整列とは、いずれも幽暗なる月の光の中に、浮立つばかりその輪郭を鋭くさせていたので、もし誇張していえば、自分は凡て目に見る線のシン・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・ 目の廻る程急がしい用意の為めに、昼の間はそれとなく気が散って浮き立つ事もあるが、初夜過ぎに吾が室に帰って、冷たい臥床の上に六尺一寸の長躯を投げる時は考え出す。初めてクララに逢ったときは十二三の小供で知らぬ人には口もきかぬ程内気であった・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ まるで闇に浮き立つ光の宮だ! クレムリンの時計台にとりつけられたラジオ拡声器は絶えずピアノ行進曲を広場中に撒きちらし、「帝国主義とファシズムの犠牲者に 階級の兄弟プロレタリアートからの 挨拶を! 世界革命万歳」 国立百貨店・・・ 宮本百合子 「勝利したプロレタリアのメーデー」
出典:青空文庫