・・・どうも貧弱で、いやに小さくまとまっていて、その上またはなはだ軽佻浮薄な趣がある。これじゃ頼もしくないと思って、雑木の涼しい影が落ちている下へ、くたびれた尻をすえたまま、ややしばらく見ていたが、やはりくだらないという心もちは取消しようがない。・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・はきはきと物慣れてはいるが、浮薄でもなく、わかるところは気持ちよくわかる質らしかった。彼と差し向かいだった時とは反対に、父はその人に対してことのほか快活だった。部屋の中の空気が昨夜とはすっかり変わってしまった。「なあに、疲れてなんかおり・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 田島の声は、見ず転芸者を馬鹿にしているような句調ながら、まんざら全く浮薄の調子ではなかった。また、出来ることなら吉弥を引きとめて、自分の物にしたいという相談を持ちかけていたらしい。ことに最後の文句などには、深い呼吸が伴っているように聴・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・が、それほど情が濃やかだったので、同じ遊蕩児でも東家西家と花を摘んで転々する浮薄漢ではなかったようだ。 沼南は本姓鈴木で、島田家の養子であった。先夫人は養家の家附娘だともいうし養女だともいうが、ドチラにしても若い沼南が島田家に寄食してい・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・私が今日ここにお話しいたしましたデンマークとダルガスとにかんする事柄は大いに軽佻浮薄の経世家を警むべきであります。 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ 正直と善良とがあれば、物静かな村の生活でも、虚偽と浮薄が風をなす、物質的文明で飾られた大都会の生活よりは、遙に貴いと確信される如く、悪人がいかに外面に美しく飾っても、畢竟、善い人間とはならないようなものであります。 地上に生れて来・・・ 小川未明 「草木の暗示から」
・・・「都会が、いたずらに華美であり、浮薄であることを知らぬのでない。自分は、かつて都会をあこがれはしなかった。けれど、立身の機会は、つかまなければならぬ。世の中へ出るには、ただあせってもだめだ。けれど、また機会というものがある。藤本先生は、・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・私の親戚のあわて者は、私の作品がどの新聞、雑誌を見ても、げす、悪達者、下品、職人根性、町人魂、俗悪、エロ、発疹チブス、害毒、人間冒涜、軽佻浮薄などという忌まわしい言葉で罵倒されているのを見て、こんなに悪評を蒙っているのでは、とても原稿かせぎ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ しかも、佐助を喜ばしたのは、師もまた洒落るか、さればわれもまた洒落よう、軽佻と言うならば言え、浮薄と嗤うならば嗤え、吹けば飛ぶよな駄洒落ぐらい、誰はばかって慎もうや、洒落は礼に反するなどと書いた未だ書も見ずという浩然の気が、天のはした・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・見るから浮薄らしい風の、軽躁な、徹頭徹尾虫の好かぬ男だ。私は顔を見るのもいやです。せっかく楽しみにしてここへ来たに、あの男のために興味索然という目に遇わされた。あんなものと交際して何の益がありましょう。あなたはまたどこがよくって、あんな男が・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫