・・・父は海綿を使ったまま、「よし、今行く」と返事をした。それからまた保吉へ顔を見せながら、「お前はまだはいってお出。今お母さんがはいるから」と云った。勿論父のいないことは格別帆前船の処女航海に差支えを生ずる次第でもない。保吉はちょっと父を見たぎ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・そこには又海艸の中に大きい海綿もころがっていた。しかしその火も消えてしまうと、あたりは前よりも暗くなってしまった。「昼間ほどの獲物はなかった訣だね。」「獲物? ああ、あの札か? あんなものはざらにありはしない。」 僕等は絶え間な・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・しかもその又風呂敷包みの中から豹に似た海綿をはみ出させていた。「軽井沢にいた時には若い亜米利加人と踊ったりしていたっけ。モダアン……何と云うやつかね」 レエン・コオトを着た男は僕のT君と別れる時にはいつかそこにいなくなっていた。僕は・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・赤熱した岩片が落下して表面は急激に冷えるが内部は急には冷えない、それが徐々に冷える間は、岩質中に含まれたガス体が外部の圧力の減った結果として次第に泡沫となって遊離して来る、従って内部が次第に海綿状に粗鬆になると同時に膨張して外側の固結した皮・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・それがちょっとつま楊枝の先でさわってもすぐこぼれ落ちるほど柔らかい海綿状の集塊となって心核の表面に付着し被覆しているのである。ただの灰の塊が降るとばかり思っていた自分にはこの事実が珍しく不思議に思われた。灰の微粒と心核の石粒とでは周囲の気流・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・其葦の枯葉が池の中心に向つて次第に疎になつて、只枯蓮の襤褸のやうな葉、海綿のやうな房が碁布せられ、葉や房の茎は、種々の高さに折れて、それが鋭角に聳えて、景物に荒涼な趣を添へてゐる。此の bitume 色の茎の間を縫つて、黒ずんだ上に鈍い反射・・・ 永井荷風 「上野」
・・・雨はだんだん密になるので外套が水を含んで触ると、濡れた海綿を圧すようにじくじくする。 竹早町を横ぎって切支丹坂へかかる。なぜ切支丹坂と云うのか分らないが、この坂も名前に劣らぬ怪しい坂である。坂の上へ来た時、ふとせんだってここを通って「日・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・おれの靴は水が染みて海綿のようになってけつかる。」こう言い掛けて相手を見た。 爺いさんは膝の上に手を組んで、その上に頭を低く垂れている。 一本腕はさらに語り続けた。「いやはや。まるで貧乏神そっくりと云う風をしているなあ。きょうは貰い・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・ こんなような訳でペンネンネンネンネン・ネネムは一ぺんに世界裁判長になって、みんなに囲まれて裁判長室の海綿でこしらえた椅子にどっかりと座りました。 すると一人の判事が恭々しく申しました。「今晩開廷の運びになっている件が二つござい・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
出典:青空文庫