・・・「やっぱり消化不良ですって。先生も後ほどいらっしゃいますって」妻は子供を横抱きにしたまま、怒ったようにものを云った。「熱は?」「七度六分ばかり、――ゆうべはちっともなかったんですけれども」自分は二階の書斎へこもり、毎日の仕事にとりかかった。・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・のみならず楽楽と食い得た後さえ、腸加太児の起ることもあると同時に、又存外楽楽と消化し得ることもあるのである。こう云う無法則の世界に順応するのは何びとにも容易に出来るものではない。もし地獄に堕ちたとすれば、わたしは必ず咄嗟の間に餓鬼道の飯も掠・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・「何、綿が消化れるもんか。」 ミリヤアド傍より、「喧嘩してはいけません。また動悸を高くします。」「ほんとに串戯は止して新さん、きづかうほどのことはないのでしょうね。」「いいえ、わけやないんだそうだけれど、転地しなけりゃ不・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・ 呑まれた小宮山は、怪しい女の胃袋の中で消化れたように、蹲ってそれへ。 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と、風が引いたり寄せたりして聞えまする、百万遍。 忌々しいなあ、道中じゃ弥次郎兵衛もこれに弱ったっけ、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 一つの乳牛に消化不良なのがあって、今井獣医の来たのは井戸ばたに夕日の影の薄いころであった。自分は今井とともに牛を見て、牧夫に投薬の方法など示した後、今井獣医が何か見せたい物があるからといわるるままに、今井の宅にうち連れてゆくことに・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ が、鴎外は非麦飯主義で、消化がイイという事は衛養分が少ないという事だという理由から固く米飯説を主張し、米の営養は肉以上だといっていた。 或る時、その頃私は痩せていたので、ドウしたら肥るだろうと訊くと、「それは容易い事だ。毎日一・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・と何やら風呂敷包みを出して、「こりゃうまくはなさそうだけれど、消化がいいてえから、病人に上げて見てくんな」「まあ、何だか知らないが、来るたび頂戴して済まないねえ。じゃ、取り散らかしてあるが二階へ通っておくれか」「そうしよう」 そ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・結局、先生の作品は変った小説だとしか私には消化出来ない。何か先生より啓示を得たいと思う。一つ御説明を願いたい。端的に。ダダイズムとは結局、何を意味するか。お願いします。草田舎の国民学校訓導より。―― 私は返事を出した。 ――拝復。貴・・・ 太宰治 「新郎」
・・・もともと、このオリジナリテというものは、胃袋の問題でしてね、他人の養分を食べて、それを消化できるかできないか、原形のままウンコになって出て来たんじゃ、ちょっとまずい。消化しさえすれば、それでもう大丈夫なんだ。昔から、オリジナルな文人なんて、・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・おそらく彼らはアメリカ式もドイツふうも完全に消化した上で、新しい純粋国民映画を作り上げるであろう。光琳や芭蕉は少数向きの芸術映画、歌麿や西鶴は大衆向きのエロチシズム、写楽や京伝は社会的な諷刺画とでもいった役割ででもあろうか。また広重をして新・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫