・・・一人児だから、時々飲んでいたんですが、食が少いから涸れがちなんです。私を仰向けにして、横合から胸をはだけて、……まだ袷、お雪さんの肌には微かに紅の気のちらついた、春の末でした。目をはずすまいとするから、弱腰を捻って、髷も鬢もひいやりと額にか・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ と、やけに突立つ膝がしらに、麦こがしの椀を炉の中へ突込んで、ぱっと立つ白い粉に、クシンと咽せたは可笑いが、手向の水の涸れたようで、見る目には、ものあわれ。 もくりと、掻落すように大木魚を膝に取って、「ぼっかり押孕んだ、しかも大・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・雲は焚け、草は萎み、水は涸れ、人は喘ぐ時、一座の劇はさながら褥熱に対する氷のごとく、十万の市民に、一剤、清涼の気を齎らして剰余あった。 膚の白さも雪なれば、瞳も露の涼しい中にも、拳って座中の明星と称えられた村井紫玉が、「まあ……前刻・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・が、涸れて、寂しく、雲も星も宿らないで、一面に散込んだ柳の葉に、山谷の落葉を誘って、塚を築いたように見える。とすれば月が覗く。……覗くと、光がちらちらとさすので、水があるのを知って、影が光る、柳も化粧をするのである。分けて今年は暖さに枝垂れ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ かく打ち謝罪るときしも、幼児は夢を破りて、睡眠のうちに忘れたる、饑えと寒さとを思い出し、あと泣き出だす声も疲労のために裏涸れたり。母は見るより人目も恥じず、慌てて乳房を含ませながら、「夜分のことでございますから、なにとぞ旦那様お慈・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ ここは、切立というほどではないが、巌組みの径が嶮しく、砕いた薬研の底を上る、涸れた滝の痕に似て、草土手の小高い処で、るいるいと墓が並び、傾き、また倒れたのがある。 上り切った卵塔の一劃、高い処に、裏山の峯を抽いて繁ったのが、例の高・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ で、水を含ますと、半死の新造は皺涸れた細い声をして、「お光……」と呼んだ。「はい」と答えて、お光はまず涙を拭いてから、ランプを片手に自分の顔を差し寄せて、「私はここにいますよ、ね、分りましたか?」「お前には世話をかけた……」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・音機という綽名を持ち、一年三百六十五日、一日も欠かさず、お前たちの生命は俺のものだという意味の、愚劣な、そしてその埋め合わせといわん許りに長ったらしい、同じ演説を、朝夕二回ずつ呶鳴り散らして、年中声が涸れ、浪花節語りのように咽を悪くし、十分・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・私の声は腹に力が足りなかったのか、かなり涸れた細い声で、随分威勢が上らなかった。それをSのために済まなく思った。けれども彼は、思い掛けぬ私の万歳にこぼれ落ちるような喜びを雨に濡れた顔一杯泛べた。よくも万歳をいってくれたなアという嬉しさがあり・・・ 織田作之助 「面会」
・・・ 筧は雨がしばらく降らないと水が涸れてしまう。また私の耳も日によってはまるっきり無感覚のことがあった。そして花の盛りが過ぎてゆくのと同じように、いつの頃からか筧にはその深祕がなくなってしまい、私ももうその傍に佇むことをしなくなった。しか・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
出典:青空文庫