・・・若い生きる力は、そういう我知らぬエゴイズムに満ちるときもあるのだ。 初めの結婚をしたのは二十一歳で、五六年その生活がつづいた。ずっと年上であった相手のひとが、もう生活にくたびれかけていて、結婚生活ではひたすら安穏に、平和に順調な年から年・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・生活の意味に対する明るい知と愛とを抜いて、人は真に勇気に満ちることも堅忍であることも不可能である。勇気とか堅忍とかいうものは、結果ではなくて一つの行動の内面的な弾機である。私たちが日々の生活で、歴史からつくられた者であると同時に歴史をつくり・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・ そればかりでなく、ぴったりと生活が落付かず、何だか借りもののようで、不満が裡に満ちる。仕事も出来ない。 此の状態は、自分にとって長すぎる程継続した。随分煩悶した。自分等の生活が肉感的なので仕事が出来ないのかと思ったり、Aが性格的に・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ 何か一つの転機が、彼女の上に新らしい刺戟と感動とを齎しさえすれば、一旦は霜枯れたそれ等の華も、目覚ましい色をもって咲き満ちる可能性が、一つ一つの細胞の奥に巣籠っていたのである。 そして、この非常に要求されていた一転機として、彼女の・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ そのとき猟人の胸に満ちる、緊張した原始的な嬉しさが、そのまま今年寄りに活気を与えて、何だか絶えずそわそわしている彼女は、きっとこういうときほか出ないものになっている無駄口をきいたり、下らないことに大笑いをして、「ヘッ、馬鹿野郎が!・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・賢こくなった人間、豊富になった筈の人間精神の明確なるべき今日の人の多くがそれなら、果してひたすら発育して自己の肉体、精神の内感のみによって、宇宙に満ちる時の推移を直感するほど、深刻であるでしょうか。それほど迄に、切実に人類の全生活、運命に即・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
・・・湯気が満ちると、彼らの顔は赤くなって伸縮した。 牛の頭で腹を満たすと彼は十銭を投げ出してひとり露地裏の自分の家へ帰って来た。彼は他人の家の表の三畳を借りていた。部屋にはトゲの刺さる傾いた柱がある。壁は焼けた竈のようで、雨の描いた地図の上・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫