・・・また三日に一度ぐらいは僕の最初に見かけた河童、――バッグという漁夫も尋ねてきました。河童は我々人間が河童のことを知っているよりもはるかに人間のことを知っています。それは我々人間が河童を捕獲することよりもずっと河童が人間を捕獲することが多いた・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・浦島太郎は考えずとも好い、漁夫の着物は濃い藍色、腰蓑は薄い黄色である。ただ細い釣竿にずっと黄色をなするのは存外彼にはむずかしかった。蓑亀も毛だけを緑に塗るのは中々なまやさしい仕事ではない。最後に海は代赭色である。バケツの錆に似た代赭色である・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・と思うとまた、向こうに日を浴びている漁夫の翁も、あいかわらず網をつくろうのに余念がない。こういう風景をながめていると、病弱な樗牛の心の中には、永遠なるものに対するしょうけいが汪然としてわいてくる。日も動かない。砂も動かない。海は――目の前に・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・何しろ早く岸について漁夫にでも助けに行ってもらう外はないと思いました。今から思うとそれはずるい考えだったようです。 でもとにかくそう思うと私はもう後も向かずに無我夢中で岸の方を向いて泳ぎ出しました。力が無くなりそうになると仰向に水の上に・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・手頃な丸太棒を差荷いに、漁夫の、半裸体の、がッしりした壮佼が二人、真中に一尾の大魚を釣るして来た。魚頭を鈎縄で、尾はほとんど地摺である。しかも、もりで撃った生々しい裂傷の、肉のはぜて、真向、腮、鰭の下から、たらたらと流るる鮮血が、雨路に滴っ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・、田船を漕ぐお百姓らしい、もっさりとした布子のなりだけれども、船大工かも知れない、カーンカーンと打つ鎚が、一面の湖の北の天なる、雪の山の頂に響いて、その間々に、「これは三保の松原に、伯良と申す漁夫にて候。万里の好山に雲忽ちに起り、一・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ ――馬だ――馬だ――馬だ―― 遠く叫んだ、声が響いて、小さな船は舳を煽り、漁夫は手を挙げた。 その泳いだ形容は、読者の想像に任せよう。 巳の時の夫人には、後日の引見を懇請して、二人は深く礼した。 そのまま、沼津に向って・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・すると一日天気のいい日のこと、漁夫が沖へ出て網を下ろしますと、それに胡弓が一つひっかかってきました。それが、後になって、乞食の持っていた胡弓であることがわかりました。三 その後というものは日増しに海が荒れて、沖の方が暗うござ・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・北海道歌志内の鉱夫、大連湾頭の青年漁夫、番匠川の瘤ある舟子など僕が一々この原稿にあるだけを詳しく話すなら夜が明けてしまうよ。とにかく、僕がなぜこれらの人々を忘るることができないかという、それは憶い起こすからである。なぜ僕が憶い起こすだろうか・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・羽田などの漁夫が東京の川へ来て居るというと、一寸聞くと合点がいかぬ人があるかも知れないが、それは実際の事で、船を見れば羽根田の方のはみよしの方が高くなって居るから一目で知れる。全体漁夫という者は、自分の漁場を大切にするから、他所へ出て利益が・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
出典:青空文庫