・・・つづけて、窓の外にさし出ている雨天体操場の屋根などは、一面にもう瓦の色が見えなくなってしまったが、それでも教室の中にはストオヴが、赤々と石炭の火を燃え立たせて、窓硝子につもる雪さえ、うす青い反射の光を漂わす暇もなく、溶けて行った。そのストオ・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・全く白鳥という人は、世間並より或はずっとよく、そして巧に享楽もしつつ、退屈げな顔つきを日常の間にも作品の中にも漂わす作家なのであろう。向うのことは何にも分らない、なりにこの人は落付いている。彼を落付かせているものがよしんば何であろうとも、彼・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・ただかの冷ややけき笑いを唇辺に漂わす人の頭に猛烈なる爆烈弾を投げたい。かの嘲笑に報いんためにはあえて数千の兄弟の血を賭する、吾人の憤怒は血に喝く。「人生は虚無、ただこの怒りあるのみ、来たれ兄弟、虚無なる人生に何の執着ぞ。」虚栄と獣性に充ちた・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫