・・・そして希望なき零落の海から、希望なき安心の島にと漂着した。 かれの兄はこの不幸なる漂流者を心を尽くして介抱した。その子供らはこの人のよい叔父にすっかり、懐いてしまった。兄貫一の子は三人あって、お花というが十五歳で、その次が前の源造、末が・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・ 大阪に、岡山に、広島に、西へ西へと流れて遂にこの島に漂着したのが去年の春。 妻子の水死後全然失神者となって東京を出てこの方幾度自殺しようと思ったか知れない。衣食のために色々の業に従がい、種々の人間、種々の事柄に出会い、雨にも打たれ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・斉明天皇の御代に二艘の船に分乗して出掛けた一行が暴風に遭って一艘は南海の島に漂着して島人にひどい目に遭わされたとあり、もう一艘もまた大風のために見当ちがいの地点に吹きよせられたりしている。これは立派な颱風であったらしい。また仁明天皇の御代に・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・水夫は、水難し、漂着したときの目じるしに、いろいろ風の変った入れずみをする。だからと云って世界周遊船の旅客に、あなたも同じ海の上、同じ船の上での旅なのだから、万一のため、と入れずみをすすめて、それはあなたの権利を守ることです、というマネージ・・・ 宮本百合子 「指紋」
・・・何故十八世紀の作者ディフォーは特に、漂着して元もっていたもの殆ど総てを失ったロビンソンを、生活の歴史の出発点として描きたかったのであろうか。それらのことは、当時の新しい事情におかれたイギリス社会の心理、風俗の中でどういう必然をもっていたのだ・・・ 宮本百合子 「風俗の感受性」
出典:青空文庫