・・・という言葉が彼の口から洩れた。しかしこれは悪く取ってはいけない、無理のないところもあると著者が弁護している。 それから古典教育に関する著者の長い議論があるが、日本人たる吾々には興味が薄いから略する事にして、次に女子教育問題に移る。 ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・東隣で琴と尺八を合せる音が紫陽花の茂みを洩れて手にとるように聞え出す。すかして見ると明け放ちたる座敷の灯さえちらちら見える。「どうかな」と一人が云うと「人並じゃ」と一人が答える。女ばかりは黙っている。「わしのはこうじゃ」と話しがまた元へ・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・その声は室外へ漏れるほどだ。西宮も慰めかねていた。「へい、お誂え」と、仲どんが次の間へ何か置いて行ッたようである。 また障子を開けた者がある。次の間から上の間を覗いて、「おや、座敷の花魁はまだあちらでございますか」と、声をかけたのは・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・不思議にも、その小さい物が、この闇夜に漏れて来る一切の光明を、ことごとく吸収して、またことごとく反射するようである。 爺いさんは云った。「なんだか知っているかい。これは青金剛石と云う物だ。世界に二つと無い物で、もう盗まれてから大ぶの年が・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・その文字異なりといえども、結局平安の主義に洩れざるものなり。 また、今の我が日本にて新政府を建て、今日もっぱら社会の平安を欲して焦思苦慮する者は誰ぞや。十余年前にありては、しきりに世の多事を好み騒動を企望して余念なかりし血気の士人に非ず・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・そうすると杉の枝が天を蔽うて居るので、月の光は点のように外に漏れぬから、暗い道ではあるが、忽ち杉の木の隙間があって畳一枚ほど明るく照って居る。こんな考から「ところどころ月漏る杉の小道かな」とやったが、余り平凡なのに自ら驚いて、三たび森沿い小・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・小説的な捉えかたかもしれないけれども、苦しんでいるイレーネが、自分の悶えを皮相的利己主義だと片づけて云われているのを洩れ聞くところから、その心のたたかいがはじまり母ジェニファーの成熟とババの明るい自然さと絡んで展開されて行ったら、この「早春・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・嫡子のある限りは、いかに幼少でもその数には漏れない。未亡人、老父母には扶持が与えられる。家屋敷を拝領して、作事までも上からしむけられる。先代が格別入懇にせられた家柄で、死天の旅のお供にさえ立ったのだから、家中のものが羨みはしても妬みはしない・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・と二声の叫が洩れた。ユリアとは女房の名である。ツァウォツキイは小刀の柄を両手で握って我と我胸に衝き挿した。ツァウォツキイはすぐに死んで、ユリアの名をまだ脣の上に留めながら、ポッケットに手品に使う白い球を三つと、きたない骨牌を一組入れたまま、・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ 今まで無邪気に天空で戯れていた少年が人のいない周囲を見廻し、ふと下を覗いたときの、泣きだしそうな孤独な恐怖が洩れていた。「そうだろうな。」 答えようのない自分がうすら悲しく、梶は、街路樹の幹の皮の厚さを見過してただ歩くばかりだ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫