・・・あるいはまた、二つの島の中間の海が漸次に浅くなって交通が容易になったというような事実があって、それがこういう神話と関連していないとも限らないのである。 神話というものの意義についてはいろいろその道の学者の説があるようであるが、以上引用し・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・これに反して年々に新しく書き改め新事実や新学説を追加しても、教師自身が、漸次に後退しつつある場合も考えられない事はない。この二つの場合のどちらが蓄音機のレコードに適するかを一般的概念的に論断するのは困難ではあるまいか。 蓄音機が完成した・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・とか一々枚挙に遑はないが、こういう言葉を如何に理解し如何に自然界に適用すべきかという事を実験の途中で漸次に理解させるが肝要であろうと思う。これを誤解すれば、物理学を神の掟のように思って妄信してしまうか、さもなくば反対に物理学の価値を見損なっ・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・ものは淘汰して他に転ずるかあるいはまた前に述べたこともあるとおり、かくして不合格になったものを仮想的第二次前句と見立ててこれに対する付け句を求め、それでもいけなければこれに対する第三次の付け句を求め、漸次かくのごとくして打ち越しの遺伝を脱却・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・然ルニ皇制ノ余沢僻隅ニ澆浩シ維新以降漸次ソノ繁昌ヲ得タリ。乍チニシテ島原ノ妓楼廃止セラレテ那ノ輩這ノ地ニ転ジ、新古互ニ其ノ栄誉ヲ競フニオヨンデ、好声一時ニ騰々タルコトヲ得タリ。現在大楼ト称スル者今其ノ二三ヲ茲ニ叙スレバ即曰ク松葉楼曰ク甲子楼・・・ 永井荷風 「上野」
・・・蝋燭の灯の細きより始まって次第に福やかに広がってまた油の尽きた灯心の花と漸次に消えて行く。どこで吠えるか分らぬ。百里の遠きほかから、吹く風に乗せられて微かに響くと思う間に、近づけば軒端を洩れて、枕に塞ぐ耳にも薄る。ウウウウと云う音が丸い段落・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ かく社会が倫理的動物としての吾人に対して人間らしい卑近な徳義を要求してそれで我慢するようになって、完全とか至極とか云う理想上の要求を漸次に撤回してしまった結果はどうなるかと云うと、まず従前から存在していた評価率が自然の間に違ってこなけ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ これに反して上士は古より藩中無敵の好地位を占るが為に、漸次に惰弱に陥るは必然の勢、二、三十年以来、酒を飲み宴を開くの風を生じ(元来飲酒会宴の事は下士に多くして、上士は都て質朴、殊に徳川の末年、諸侯の妻子を放解して国邑に帰えすの令を出し・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・天明の余勢は寛政、文化に及んで漸次に衰え、文政以後また痕迹を留めず。 和歌は万葉以来、新古今以来、一時代を経るごとに一段の堕落をなしたるもの、真淵出でわずかにこれを挽回したり。真淵歿せしは蕪村五十四歳の時、ほぼその時を同じゅうしたれば、・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・あなたは一人の母として、三人の小さい者たちとともに宵に寝、早朝におきつつ、童話・神話の世界から漸次より社会的な主題へと発展されました。この点も、婦人作家として、特徴的な経歴です。日本の社会的事情は、あなたのような程度の教養的環境と理解との中・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
出典:青空文庫