・・・と、一時のがれの慰めを云いますと、お敏はようやく涙をおさめて、新蔵の膝を離れましたが、それでもまだ潤み声で、「それは長い間でしたら、どうにかならない事もございますまいが、明後日の夜はまた家の御婆さんが、神を下すと云って居りましたもの。もしそ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・痙攣的に後脚で蹴るようなまねをして、潤みを持った眼は可憐にも何かを見詰めていた。「やれ怖い事するでねえ、傷ましいまあ」 すすぎ物をしていた妻は、振返ってこの様を見ると、恐ろしい眼付きをしておびえるように立上りながらこういった。「・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・といわれた、無類な潤みを持った童女にしてはどこか哀れな、大きなその眼は見る事が出来なかった。クララは、見つめるほど、骨肉のいとしさがこみ上げて来て、そっと掌で髪から頬を撫でさすった。その手に感ずる暖いなめらかな触感はクララの愛欲を火のように・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・前が開て膝頭が少し出ていても合そうとも仕ない、見ると逆上せて顔を赤くして眼は涙に潤み、頻りに啜泣を為ている。「どうしたと云うのだ、え?」と磯は問うたが、この男の持前として驚いて狼狽えた様子は少しも見えない。「磯さん私は最早つくづく厭・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・燐みを乞う切ない眼の潤み、若い女の心の張った時の常の血の上った頬の紅色、誰が見てもいじらしいものであった。「どうぞ、然様いう訳でございますれば、……の御帰りになりまする前までに、こなた様の御力を以て其品を御取返し下さいまするよう。」・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
出典:青空文庫