・・・……島田髷の艶々しい、きゃしゃな、色白な女が立って手伝って、――肥大漢と二人して、やがて焜炉を縁側へ。……焚つけを入れて、炭を継いで、土瓶を掛けて、茶盆を並べて、それから、扇子ではたはたと焜炉の火口を煽ぎはじめた。「あれに沢山ございます・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・自分が嗽に立って台所へ出た時、奈々子は姉なるものの大人下駄をはいて、外へ出ようとするところであった。焜炉の火に煙草をすっていて、自分と等しく奈々子の後ろ姿を見送った妻は、「奈々ちゃんはね、あなた、きのうから覚えてわたい、わたいっていいま・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ 茶の間へ上って、電気焜炉のスイッチを入れると、横堀は思わずにじり寄って、垢だらけの手をぶるぶるさせながら焜炉にしがみついた。「待てよ、今お茶を淹れてやるから」 家人は奥の間で寝ていた。横堀は蝨をわかせていそうだし、起せば家人が・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 細君は焜炉を煽いだり、庖丁の音をさせたり、忙がしげに台所をゴトツカせている。主人が跣足になって働いているというのだから細君が奥様然と済してはおられぬはずで、こういう家の主人というものは、俗にいう罰も利生もある人であるによって、人の妻た・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・と、初やが焜炉を煽ぎながらいう。羽織は黄八丈である。藤さんのだということは問わずとも別っている。「着物が少し長いや。ほら、踵がすっかり隠れる」と言うと、「母さんのだもの」と炬燵から章坊が言う。「小母さんはこんなに背が高いのかなあ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・小さい餉台の上に赭い素焼の焜炉があり、そこへ小女が火をとっていた。一太は好奇心と期待を顔に現して、示されたところに坐った。「今じき何か出来るそうだが、それまでのつなぎに一つ珍らしいもんがあるよ」 その人は、焜炉の網に白い平べったい餅・・・ 宮本百合子 「一太と母」
出典:青空文庫