・・・とて、無色無形の実体にて、間に髪を入れず、天地いつくにも充満して在ませども、別して威光を顕し善人に楽を与え玉わんために「はらいそ」とて極楽世界を諸天の上に作り玉う。その始人間よりも前に、安助とて無量無数の天人を造り、いまだ尊体を顕し玉わず。・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・私はこれを日本国民が二千年来この生を味うて得た所のものが間接の思想の形式に由らず直ちに人の肉声に乗って無形のままで人心に来り迫るのだ」とあるは二葉亭のこの間の芸に魅入られた心境を説明しておる。だが、こういうと馬鹿に難かしく面倒臭くなるが、畢・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・それが有形無形の自分の存在に非常の危険を持ち来たす。あるいは百年千年の後には、その方が一層幸福な生存状態を形づくるかも知れないが、少なくともすぐ次の将来における自己の生というものが威嚇される。単身の場合はまだよいが、同じ自己でも、妻と拡がり・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・人は世俗の借金で自殺することもあれば、また概念の無形の恐怖から自殺することだってあるのです。決闘の次第は次回で述べます。 第四 決闘の勝敗の次第をお知らせする前に、この女ふたりが拳銃を構えて対峙した可憐陰惨、また奇妙で・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・もとより無形の犯罪であるが、そのときの私の陳述が、あまりにも微に入り細をうがって、いかにも真に迫っているものだから、検事はそれにて罪状明白、証拠充分ということになって、私は、ばかを見るかも知れない。いままで、二十数年間、何もせずに無用の物語・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・大象無形。」というのを「無限に大きな四角には角がない。無限に大きい容器は何物をも包蔵しない。無限に大きい音は声がない。無限に大きな像には形態がない」と訳してある。「大器晩成」の訳は明らかにちがっているようではあるが、他の三句に対してはこの訳・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・私は読者の中で国家百年の将来を思う人々があらば、どうかこういう国家的にも世界的にも意義の深い仕事に有形無形の援助を惜しまれないようにこの機会をかりて切望する次第である。 人間が地上ばかりを歩いている間は普通の地図で足りるが、空を飛び歩く・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・は、少なくも現在においては、無形な実証のないものであるが、これらの天変地異の「非常時」は最も具象的な眼前の事実としてその惨状を暴露しているのである。 一家のうちでも、どうかすると、直接の因果関係の考えられないようないろいろな不幸が頻発す・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・まず大体の上においてこの命題は確然たる根拠のあるものと御考えになっても差支早い話しが無臭無形の神の事でもかこうとすると何か感覚的なものを借りて来ないと文章にも絵にもなりません。だから旧約全書の神様や希臘の神様はみんな声とか形とかあるいはその・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・で、無形なものであるべき怨霊が、有形の棍棒を振うことは、これは穏かでない話であった。だが、困った事には、怨霊の手段としての、言論や文字や、棍棒は禁圧が出来たが、怨霊そのものについては? こいつは全で空気と同じく、あらゆる地面を蔽ってはいたが・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
出典:青空文庫