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・・・ クララの枕はしぼるように涙に濡れていた。 無月の春の夜は次第に更けた。町の諸門をとじる合図の鐘は二時間も前に鳴ったので、コルソに集って売買に忙がしかった村の人々の声高な騒ぎも聞こえず、軒なみの店ももう仕舞って寝しずまったらしい。女・・・
有島武郎
「クララの出家」
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・・・ちょうど他には一人も客がなくて無月の暗夜はこの上もなく閑寂であった。飯がすんでそろそろ帰ろうかと思っていると、突然階下でJOAKが始まった。こんな郊外までJOAKが追い駆けて来ようとは思わなかったのであった。その晩はちょうどトリオでチャイコ・・・
寺田寅彦
「路傍の草」