・・・しかし、――保吉はまだ東西を論ぜず、近代の小説の女主人公に無条件の美人を見たことはない。作者は女性の描写になると、たいてい「彼女は美人ではない。しかし……」とか何とか断っている。按ずるに無条件の美人を認めるのは近代人の面目に関るらしい。だか・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
名も知らない草に咲く、一茎の花は、無条件に美しいものである。日の光りに照らされて、鮮紅に、心臓のごとく戦くのを見ても、また微風に吹かれて、羞らうごとく揺らぐのを見ても、かぎりない、美しさがその中に見出されるであろう。 思うに、見出・・・ 小川未明 「名もなき草」
・・・彼には無条件にピタリきた。彼は興奮して一週間のうちに三度もそれを見に行った。札売の女が彼を見知り変な顔をした。その写真には、不実ではないが、いかにも女らしい浅薄さで、相手の男と自分自身の本当の気持に責任を持たない女のためにまじめな男がとうと・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・森市へ持ち運んだ荷物全部を焼失してしまい、それこそ着のみ着のままのみじめな姿で、青森市の焼け残った知合いの家へ行って、地獄の夢を見ている思いでただまごついて、十日ほどやっかいになっているうちに、日本の無条件降伏という事になり、私は夫のいる東・・・ 太宰治 「おさん」
・・・いつでも人に、無条件で敬服せられていなければすまないようであった。けれどもこの世の中の人たちは、そんなに容易に敬服などするものでない。大隅君は転々と職を変えた。 ああ、もう東京はいやだ、殺風景すぎる、僕は北京に行きたい、世界で一ばん古い・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ × 日本は無条件降伏をした。私はただ、恥ずかしかった。ものも言えないくらいに恥ずかしかった。 × 天皇の悪口を言うものが激増して来た。しかし、そうなって見ると私は、これまでどんなに深く天皇を・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・私は、永井荷風という作家を、決して無条件に崇拝しているわけではありません。きのう、その小説集を読んでいながらも、幾度か不満を感じました。私みたいな、田舎者とは、たちの異る作家のようであります。けれども、いま書き抜いてみた一文には、多少の共感・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・そうしてまもなく日本の無条件降伏である。 それから、既に、五箇月ちかく経っている。私は新聞連載の長篇一つと、短篇小説をいくつか書いた。短篇小説には、独自の技法があるように思われる。短かければ短篇というものではない。外国でも遠くはデカメロ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・青森の中学校を出て、それから横浜の或る軍需工場の事務員になって、三年勤め、それから軍隊で四年間暮し、無条件降伏と同時に、生れた土地へ帰って来ましたが、既に家は焼かれ、父と兄と嫂と三人、その焼跡にあわれな小屋を建てて暮していました。母は、私の・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・の幸福が増すかどうかそれは疑問である」と云ったとある。ただこれだけの断片から彼の文化観を演繹するのは早計であろうが、少なくも彼が「石炭文明」の無条件な謳歌者でない事だけは想像される。少なくも彼の頭が鉄と石炭ばかりで詰まっていない証拠にはなる・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫