・・・「いやこれは御無礼……何を話す積りであった。おおそれだ、その酒の湧く、金の土に交る海の向での」とシワルドはウィリアムを覗き込む。「主が女に可愛がられたと云うのか」「ワハハハ女にも数多近付はあるが、それじゃない。ボーシイルの会を見たと・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・いや、御無礼」 列車は、食堂車を中に挟んで、二等と三等とに振り分けられていた。 彼は食堂車の次の三等車に入った。都合の良い事には、三等車は、やけに混雑していた。それは、網棚にでも上りたいほど、乗り込んでいた。 その時はもう、彼の・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・何に関することにして、例えば支那主義の眼を以て見れば、西洋諸国の貴女紳士が共に談じ共に笑い、同所に浴こそせざれ同席同食、物を授受するに手より手にするのみか、其手を握るを以て礼とするが如き、男女別なし、無礼の野民と言う可きなれども、扨その内実・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・蓋し男女交際法の尚お未熟なる時代には、両性の間、単に肉交あるを知て情交あるを知らず、例えば今の浮世男子が芸妓などを弄ぶが如き、自から男女の交際とは言いながら、其調子の極めて卑陋にして醜猥無礼なるは、気品高き情交の区域を去ること遠し。仮令い直・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・まだ無礼な事申しちょるか。恐れ入りました。見受ける処がよほど酩酊のようじゃが内には女房も待っちょるだろうから早う帰ってはどじゃろうかい。有り難うございます。………世の中に何が有難いッてお廻りさん位有難い者はないよ。こんな寒い晩でも何でもチャ・・・ 正岡子規 「煩悶」
・・・「何を云うか。無礼者。」「何が無礼だ。もう九本切るだけは、とうに山主の藤助に酒を買ってあるんだ。」「そんならおれにはなぜ買わんか。」「買ういわれがない。」「いやある、沢山ある。」「ない。」 画かきが顔をしかめて手・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・これが無礼と見られ遂に権兵衛は縛り首にされ、一族は山崎の屋敷で悲惨な最期をとげてしまった。 武家時代の社会で君臣という動かしがたい社会の枠の中に、このようになまなまと恐ろしい人間性格の相剋が現実すること、そして、その相剋する力がその枠を・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・俳優の生活は旧套の中から既に舞台芸術家として、新しい生活方法に入っている前進座のような実例がありますが、音楽家には、ここで俳優と並べて云うことさえ無礼であると感じられるような、遅れた自尊心、個人的な見解が強くのこっているのではないでしょうか・・・ 宮本百合子 「期待と切望」
・・・酒が好きで、別人なら無礼のお咎めもありそうな失錯をしたことがあるのに、忠利は「あれは長十郎がしたのではない、酒がしたのじゃ」と言って笑っていた。それでその恩に報いなくてはならぬ、その過ちを償わなくてはならぬと思い込んでいた長十郎は、忠利の病・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そうして予をしてかつて無礼にも諸君に末流の称を献じた失言を謝せしめて下さい。鴎外は甘んじて死んだ。予は決して鴎外の敵たる故を以て諸君を嫉むものではない。明治三十三年一月於小倉稿。 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫