・・・もし株主の側から出た噂ならだが、営業者間の評判だとすると、父は自分の役目に対して無能力者だと裏書きされているのと同様になる。彼はこれらの関係を知り抜くことには格別の興味をもっていたわけではなかったけれども、偶然にも今日は眼のあたりそれを知る・・・ 有島武郎 「親子」
・・・私の小心と魯鈍と無能力とを徹底さして見ようとしてくれるものはなかった。それをお前たちの母上は成就してくれた。私は自分の弱さに力を感じ始めた。私は仕事の出来ない所に仕事を見出した。大胆になれない所に大胆を見出した。鋭敏でない所に鋭敏を見出した・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・俺たちのような、物質的には無能力に近いグループのために尽くしてくれるその女の志は美しいものだった。奴はひそかにその弟の細君に恋をしていた。けれども定められた運命だからどうすることもできない。奴は苦しんだ。そしてその苦しみと無限の淋しみとを、・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・国民学校の先生になるという事はもう、世の中の廃残者、失敗者、落伍者、変人、無能力者、そんなものでしか無い証拠だという事になっているんだ。僕たちは、乞食だ。先生という綽名を附けられて、からかわれている乞食だ。おい、奥田先生だって、やっぱり同じ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・知らぬ事には口が出せぬ、知らぬは無能力である。幽霊に関しては法学士は文学士に盲従しなければならぬと思う。「遠い距離において、ある人の脳の細胞と、他の人の細胞が感じて一種の化学的変化を起すと……」「僕は法学士だから、そんな事を聞いても・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・その無能力者を、刑法では、そう認めず、処罰にあたっては、忽ち同一の主婦が能力者として扱われるという矛盾は、残酷という以上ではないだろうか。日本の民法はしっかりと改正されなければならない。 内縁関係、未亡人の生きかたに絡む様々の苦しい絆は・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ しかし婦人が人民としての生活の中では性別如何にかかわらず法律の前に平等であると考えられるようになったことは、民法も改正して、あのおそろしい、妻の「無能力者」をなくするようになったし、男の子と女の子と財産に対する平等の権利も認められるよ・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・日本の民法が、法律上における婦人の無能力を規定している範囲は、何とひろいことだろう。女子は成年に達して、やっと法律上の人格をもつや否や、結婚によって「妻の無能力」に陥ってしまう。婦人が人間として能力者である時間は、特別な結婚難の時代のほかは・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・ 私達常識人からみると、これは一公人として無能力であったことを世界に証明してもらってありがたいということです。泉山蔵相がよって、醜態を演じて、さめたときはおぼえがないという、それでとおってきたこれまでの天皇制的特権者たちの共通なみにくさ・・・ 宮本百合子 「泉山問題について」
・・・たとえば繰返し繰返しいわれているように、女の人が一人前になって結婚すれば一家の主婦ですから、今までの娘さんよりもっと責任がある筈なのですけれども、とたんに無能力になってしまう。つまりとたんに一人前でなくなってしまう。現実の生活と正反対なので・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
出典:青空文庫