・・・聖書の内容を生活としっかり結び付けて読む時に、今でも驚異の眼を張り感動せずに居られません。然し今私は性欲生活にかけて童貞者でないように聖書に対してもファナティックではなくなりました。是れは悪い事であり又いい事でした。楽園を出たアダムは又楽園・・・ 有島武郎 「『聖書』の権威」
・・・お前たちは遠慮なく私を踏台にして、高い遠い所に私を乗り越えて進まなければ間違っているのだ。然しながらお前たちをどんなに深く愛したものがこの世にいるか、或はいたかという事実は、永久にお前たちに必要なものだと私は思うのだ。お前たちがこの書き物を・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・おれの読んだのもそれだ。然し一人が言い出す時分にゃ十人か五人は同じ事を考えてるもんだよ。A あれは尾上という人の歌そのものが行きづまって来たという事実に立派な裏書をしたものだ。B 何を言う。そんなら君があの議論を唱えた時は、君の歌が・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・起されたところの自然主義の運動なるものは、旧道徳、旧思想、旧習慣のすべてに対して反抗を試みたと全く同じ理由に於て、この国家という既定の権力に対しても、その懐疑の鉾尖を向けねばならぬ性質のものであった。然し我々は、何をその人達から聞き得たであ・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・「君は、元から、厭世家であったが、なかなか直らないと見える。然し、君、戦争は厭世の極致だよ。世の中が楽しいなぞという未練が残ってる間は、決して出来るものじゃアない。軍紀とか、命令とかいうもので圧迫に圧迫を加えられたあげく、これじゃアたま・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・と云うも、然し是れとても亦来世の約束を離れたる道徳ではない、永遠の来世を背景として見るにあらざれば垂訓の高さと深さとを明確に看取することは出来ない。「心の貧しき者は福なり」、是れ奨励である又教訓である、「天国は即ち其人の有なれば也」、是・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ 然し敢て言うが、これらは私の求むるところの詩ではない。私達の詩は疑から始まっている。今迄の詩が休息の状態、若しくは、静息の状態に足を佇めているものとしたら今日の詩は疑と激動の中から生れてくる。然しこうした詩の徴候は或は現在の生活に限ら・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・そうして瞬時も人間にその姿の全体を掴ませない。然しその中には何か知ら我々を引摺って行く所の力がある。それは即ち現実そのものに外ならない。我々が永久に此の現実を究めつくすことが出来ないにも繋わらず、而かも恒にそれに対して絶大の愛着を感じ、どう・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・ その途端、一人の大男が、こそこそと、然しノッポの大股で、境内から姿を消してしまったが、その男はいわずと知れた郷士鷲塚佐太夫のドラ息子の、佐助であった。 佐助は、アバタ面のほかに人一倍強い自惚れを持っていた。 その証拠に、六・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・ 敏子は釣銭を渡しながら、纒めて買えば毎日来る手間もはぶけるのにと思ったが、もともとヒロポンの様な劇薬性の昂奮剤を注射する男なぞ不合理にきまっている。然し敏子の化粧はなぜか煙草屋の娘の様に濃くなった。敏子は二十七歳、出戻って半年になる。・・・ 織田作之助 「薬局」
出典:青空文庫