・・・芹川さんは、おいでになる度毎に何か新刊の雑誌やら、小説集やらを持って来られて、いろいろと私に小説の筋書や、また作家たちの噂話を聞かせて下さるのですが、どうも余り熱中しているので、可笑しいと思って居りましたところが、或る日とうとう芹川さんは、・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・と題して先生が山椒魚に熱中して大損をした時の事を報告し、世の賢者たちに、なんだ、ばかばかしいと顰蹙せられて、私自身も何だか大損をしたような気さえしたのであるが、このたびの先生の花吹雪格闘事件もまた、世の賢者たちに或いは憫笑せられるかも知れな・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ 日本映画人がかつてソビエト露国から俳諧的モンタージュの逆輸入を企て一時それに熱中したのはすでに周知の事実なのである。二 ロバータ 前に見た「コンチネンタル」と同じく芸人フレッド・アステーアとジンジャー・ロジャースとの舞・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・宗教に熱中した人がこれと似よった恍惚状態を経験することもあるのではないか。これが何々術と称する心理的療法などに利用されるのではないかと思われる。 酒やコーヒーのようなものはいわゆる禁欲主義者などの目から見れば真に有害無益の長物かもしれな・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・ あまり自分が熱中しているものだから、家内のものは戯れに「この絵は魂がはいっているから夜中に抜け出すかもしれない」などと言って笑っていた。ところがある晩床の中にはいって鴨居にかけた自画像をながめていると、絵の顔が思いがけもなくまたたきを・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・区々たる政府の政に熱中奔走して、自家の領分はこれを放却して忘れたるが如し。内を外にするというべきか、外を内にするというべきか、いずれにも本気の沙汰とは認め難し。政の字の広き意味にしたがえば、人民の政事には際限あるべからず。これを放却して誰に・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・冷水浴をして sport に熱中する。昔は Monsieur de Voltaire, Monsieur de Buffon だなんと云って、ロオマンチック派の文士が冷かしたものだが、ピエエルなんぞはたしかにあのたちの貴族的文士の再来である・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・私は、部分部分の描写の熱中が、全巻をひっくるめての総合的な調子の響を区切ってしまっていると感じた。信州の宿屋の一こま、産婆のいかがわしい生活の一こま、各部は相当のところまで深くつかまれているけれども、場面から場面への移りを、内部からずーと押・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・この間の踊を熱中したのはどんな人々でしたろう。若い婦人若い男の人たちでした。太鼓は鳴ります。うたがきこえます。そして私たちは、何年か前に、これらの若い人々の運命がきびしくなろうとするとき却って若い人々をおどらす太鼓が鳴ったのを思いおこしまし・・・ 宮本百合子 「朝の話」
・・・こういうテーマに熱中していたのは中産階級の作家であり、文学であり、またその読者であったのだが、今日、日本の中産階級というものの実態はどうだろう。経済的に破滅した。経済上、精神上の闇が洪水のように、最もよわいこの社会層をつきくずしている。戦争・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
出典:青空文庫