・・・ 将軍の声は爆弾のように、中佐の追憶を打ち砕いた。中佐は舞台へ眼を返した。舞台にはすでに狼狽した少尉が、幕と共に走っていた。その間にちらりと屏風の上へ、男女の帯の懸かっているのが見えた。 中佐は思わず苦笑した。「余興掛も気が利かなす・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ その間も寂しい鬼が島の磯には、美しい熱帯の月明りを浴びた鬼の若者が五六人、鬼が島の独立を計画するため、椰子の実に爆弾を仕こんでいた。優しい鬼の娘たちに恋をすることさえ忘れたのか、黙々と、しかし嬉しそうに茶碗ほどの目の玉を赫かせながら。・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・ 例えば、広島に原子爆弾が出現した時、政府とそして政府の宣伝係の新聞は、新型爆弾怖るるに足らずという、あらぬことを口走っている。そしてこれを信じていた長崎の哀れな人々は、八月二十日を待たずに死んで行ったではないか。 原子爆弾と前後し・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。 私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉みじんだろ・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・すると、日本帝国主義は軍隊をさしむけ、飛行機、山砲、照明砲、爆弾等の精鋭な武器で蕃人たちを殺戮しようとした。その蕃人征伐に使われたのも兵士たちだ。 兵士たちは、こういう植民地の労働者を殺戮するために使われ、植民地を帝国主義ブルジョアジー・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・鉄砂の破片が、顔一面に、そばかすのように填りこんだ者は爆弾戦にやられたのだ。挫折や、打撲傷は、顛覆された列車と共に起ったものだ。 負傷者は、肉体にむすびつけられた不自由と苦痛にそれほど強い憤激を持っていなかった。「俺ら、もう十三寝た・・・ 黒島伝治 「氷河」
東京の三鷹の家にいた頃は、毎日のように近所に爆弾が落ちて、私は死んだってかまわないが、しかしこの子の頭上に爆弾が落ちたら、この子はとうとう、海というものを一度も見ずに死んでしまうのだと思うと、つらい気がした。私は津軽平野の・・・ 太宰治 「海」
・・・が弱いので、召集からも徴用からものがれ、無事に毎日、雑誌社に通勤していたのですが、戦争がはげしくなって、私たちの住んでいるこの郊外の町に、飛行機の製作工場などがあるおかげで、家のすぐ近くにもひんぴんと爆弾が降って来て、とうとう或る夜、裏の竹・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ × 満洲事変が起った。爆弾三勇士。私はその美談に少しも感心しなかった。 私はたびたび留置場にいれられ、取調べの刑事が、私のおとなしすぎる態度に呆れて、「おめえみたいなブルジョアの坊ちゃんに革命なんて出来るものか・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・大戦の前から住んでいたのだが、ことしの春に爆弾でこわされたので、甲府市水門町の妻の実家へ移転した。しかるに、移転して三月目にその家が焼夷弾で丸焼けになったので、まちはずれの新柳町の或る家へ一時立ち退き、それからどうせ死ぬなら故郷で、という気・・・ 太宰治 「十五年間」
出典:青空文庫