・・・「ソップも牛乳もおさまった? そりゃ今日は大出来だね。まあ精々食べるようにならなくっちゃいけない。」「これで薬さえ通ると好いんですが、薬はすぐに吐いてしまうんでね。」 こう云う会話も耳へはいった。今朝は食事前に彼が行って見ると、・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・御新造は何しろ子供のように、可愛がっていらしった犬ですから、わざわざ牛乳を取ってやったり、宝丹を口へ啣ませてやったり、随分大事になさいました。それに不思議はないんです。ないんですが、嫌じゃありませんか? 犬の病気が悪くなると、御新造が犬と話・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・おかあさんが女中に牛乳で煮たおかゆを持って来させた。ポチは喜んでそれを食べてしまった。火事の晩から三日の間ポチはなんにも食べずにしんぼうしていたんだもの、さぞおかゆがうまかったろう。 ポチはじっとまるまってふるえながら目をつぶっていた。・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・どうしてもお前達を子守に任せておけないで、毎晩お前たち三人を自分の枕許や、左右に臥らして、夜通し一人を寝かしつけたり、一人に牛乳を温めてあてがったり、一人に小用をさせたりして、碌々熟睡する暇もなく愛の限りを尽したお前たちの母上が、四十一度と・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ それでいてあがるものはというと、牛乳を少しと、鶏卵ばかり。熱が酷うござんすから舌が乾くッて、とおし、水で濡しているんですよ。もうほんとうにあわれなくらいおやせなすって、菊の露でも吸わせてあげたいほど、小さく美しくおなりだけれど、ねえ、・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・ 十六か七の時、ただ一度――場所は築地だ、家は懐石、人も多いに、台所から出入りの牛乳屋の小僧が附ぶみをした事のあるのを、最も古くから、お誓を贔屓の年配者、あたまのきれいに兀げた粋人が知っている。梅水の主人夫婦も、座興のように話をする。ゆ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ことごとく人々を先に出しやって一渡り後を見廻すと、八升入の牛乳鑵が二つバケツが三箇残ってある。これは明日に入用の品である。若い者の取落したのか、下の帯一筋あったを幸に、それにて牛乳鑵を背負い、三箇のバケツを左手にかかえ右手に牛の鼻綱を取って・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・デンマークは実に牛乳をもって立つ国であるということができます。トーヴァルセンを出して世界の彫刻術に一新紀元を劃し、アンデルセンを出して近世お伽話の元祖たらしめ、キェルケゴールを出して無教会主義のキリスト教を世界に唱えしめしデンマークは、実に・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・それが草原の中に牛乳をこぼしたように見える。白樺の木共はこれから起って来る、珍らしい出来事を見ようと思うらしく、互に摩り寄って、頸を長くして、声を立てずに見ている。 女学生が最初に打った。自分の技倆に信用を置いて相談に乗ったのだと云う風・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・いま、お母さんは、この夜中に起きて、火鉢で牛乳のびんをあたためています。そして、もう赤ちゃんがかれこれ、お乳をほしがる時分だと思っています。」「二人の子供はどんな夢を見ているだろうか? せめて夢になりと、楽しい夢を見せてやりたいものだ。・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
出典:青空文庫