・・・――眼を逸し、物懶に居隅に踞っていようとするのである。 幾百年の過去から、恐ろしい伝統、宿命を脱し切れずにいる、所謂為政者等は、彼等の人間的真情の枯渇に、何かの弁明を見出すかもしれない。けれども、私共、平の人間、真心を以て人間の生活、真・・・ 宮本百合子 「アワァビット」
・・・ お君は、今先(ぐにも手紙を書こうかと思ったけれ共、両眼ともが、半分盲いて居る父親が、長い間、臭い汽車の中で不自由な躰をもんで、わざわざいやな話をききに来なければならないのを思うと、髭を物臭さに長く生やして、絶えず下目をしてボツボツ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 印象の種類から云えば、まるで其等のものとは異いますが、先達て中、二科にあった「懶画房」? と云う絵。あれが時々思い出されます。あの画面に漲っていた傷心の感、自分が時に苦しむ或る気分が、不思議に柔かい黄色帽となって、椅子にとまった瘠男の・・・ 宮本百合子 「外来の音楽家に感謝したい」
・・・これでよく分る、『ブルスキー』へどんな連中がより集まったか。懶けもんだ! 天からマンナが降るのを待ってるみてえだ。ブルスキーの連中は自分で云っている。トラクターで楽しようって。馬鹿のより合いだ。共同耕作の暮しなんて……信じられねえ。 自・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 金モールが出て行くと、看守は物懶そうな物ごしで、テーブルの裏の方へ手を突込み鍵束をとり出した。そして、私のいる第一房の鉄扉をあけ、「さア、出た」 鍵の先で招き出すような風にした。私が立ち上ってそのままあっち向きにぬいであるアン・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 看守は小机に頬杖をついたまま、「きかなけりゃ駄目だ」「今上で私につたえろと云ったんだから、いいんです」「金あるのか」「あるわ、上にあるわ」 物臭さそうに看守は肩から立ち上って、「小父さァん」と小使いを呼んだ。・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・H. G. Wells は知らない、が Galsworthy は、彼の体付の通り、どちらかと云うと、細づくりな、輪廓の柔かい、上品と落付きと一種の物懶さをまぜたような気分を持っているような心持がする。余り沢山読んでいないので分らないけれども・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・ まさ子は、半分起き上った床の上で、物懶そうに首を廻し、入って来る娘を見た。「どうもはっきりしないんで困っているのさ――温泉はどうだったい――よく来たね」「いやに萎れた声ね、どんななの?」 まさ子は、床の裾に腹這いになってい・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・夜になると、商売が単に商売――物品と金銭との交換――とはいえない面白さ、気の張りを持たせる同じ店頭に、今は日常生活の重さ、微かな物懶さ、苦るしさなどが流れている。私が何故そう奇麗でもない昼、夕刻にかけて散歩したかといえば、夜では隠れてしまう・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
二日も降り続いて居た雨が漸う止んで、時候の暑さが又ソロソロと這い出して来た様な日である。 まだ乾き切らない湿気と鈍い日差しが皆の心も体も懶るくさせて、天気に感じ易い私は非常に不調和な気分になって居た。 一日中書斎に・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫