・・・心傲れる市民の、君の政非なりとて蟻のごとく塔下に押し寄せて犇めき騒ぐときもまた塔上の鐘を鳴らす。塔上の鐘は事あれば必ず鳴らす。ある時は無二に鳴らし、ある時は無三に鳴らす。祖来る時は祖を殺しても鳴らし、仏来る時は仏を殺しても鳴らした。霜の朝、・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ と犇めき迫って来るような凄さを経験するに違いない。 空が荒模様になり、不機嫌な風がザワザワ葉を鳴らし出すと、私の内にある未開な原始的な何ものかが不可抗の力で呼びさまされる。凝っと机について知らぬ振などしていられない。私はきっと梢の見え・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・ 阿部彌一右衛門は、人間の性格的相剋を主従という封建の垣のうちに日夜まむきに犇めきとおして遂に、悲劇的終焉を迎えたが、佐橋は君主である家康が己に気を許さぬ本心を知ったとき、恐ろしく冷やかな判断で、そのように狭くやがては己が身の上に落ちか・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・方あいているし、テーブルはいくつもあるから、列も単純な一列ではなく、うち見たところテーブルに向って今や盛に蕎麦を箸にすくい上げてはチューチューと喉へすべり込ましている人々の背中へつめかけて、ぎっしりと犇めきよせて順を待っている。一人が椅子か・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
出典:青空文庫