・・・鉄が焼けるのに黒熱と云う状態がある。見た所は黒いが、手を触れれば、忽その手を爛らせてしまう。江口の一本気の性格は、この黒熱した鉄だと云う気がする。繰返して云うが、決して唯の鉄のような所謂快男児などの類ではない。 それから江口の頭は批評家・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・「農民をあんな惨めな状態におかなければ利益のないものなら、農場という仕事はうそですね」「お前は全体本当のことがこの世の中にあるとでも思っとるのか」 父は息子の融通のきかないのにも呆れるというようにそっぽを向いてしまった。「思・・・ 有島武郎 「親子」
・・・定義をさえ与えられずにいるのみならず、事実においてすでに純粋自然主義がその理論上の最後を告げているにかかわらず、同じ名の下に繰返さるるまったくべつな主張と、それに対する無用の反駁とが、その熱心を失った状態をもっていつまでも継続されている。そ・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・執えられた僕であれば、もとよりあるいは玄妙なる哲学的見地に立って、そこに立命の基礎を作り、またあるいは深奥なる宗教的見地に居って、そこに安心の臍を定めるという世にいわゆる学者、宗教家達とは自らその信仰状態を異にする気の毒さはいう迄もない。・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ 貧乏人の子だくさんというようなことも、僕の今の心理状態と似よった理由で解釈されるのかもしれない。そうかといって、結婚二十年の古夫婦が、いまさら恋愛でもないじゃないか。人間の自然性だの性欲の満足だのとあまり流行臭い思想で浅薄に解し去って・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・弾丸の雨にさらされとる気違いは、たとえ一時の状態とは云うても、そうは行かん。」「それで、君の負傷するまでには、たびたび戦ったのか、ね?」「いや、僕の隊は最初の戦争に全滅してしもたんや。――さて、これからが話の本文に這入るのやて――」・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・復活者の状態。二十章三十四節―三十八節。エルサレムと世界の最後。終末に関する大説教である、二十一章七節より三十六節まで。 勿論以上を以て尽きない、全福音書を通じて直接間接に来世を語る言葉は到る所に看出さる、而して是は単に非猶・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・そしてこれから先き生きているなら、どんなにして生きていられるだろうかと想像して見ると、その生活状態の目の前に建設せられて来たのが、如何にもこれまでとは違った形をしているので、女房はそれを見ておののき恐れた。譬えば移住民が船に乗って故郷の港を・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・けれど、階梯として何うしても児童等は嫌いなものも、好きなものと、同時に強いられる教育状態にある。私は、これ等の学校を卒業して、社会へ子供達が出た時に、学校生活がどれだけ役立ち、また、彼等を幸福ならしむるかと考えさせられるのであるが、これなど・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・ままよ、面倒くさい口を利くくらいなら、いっそ食べずにおこうと思うわけ、そしてそんな状態が続けば、しまいには口を利きたくても唇が動かなくなるのです。そうして、やっと豊橋の近くまで来た時は、もう一歩も動けず、目の前は真っ白、たまりかねて線路工夫・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫