・・・作家は身辺の状況と天下の形勢に応じて時々その立場を変えねばならん。評家もまた眼界を広くして必要の場合には作物に対するごとにその見地を改めねば活きた批評はできまい。読者は無論の事、いろいろな種類のものを手に応じて賞翫する趣味を養成せねば損であ・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・ 一言にして云えば、明治に適切な型というものは、明治の社会的状況、もう少し進んで言うならば、明治の社会的状況を形造るあなた方の心理状態、それにピタリと合うような、無理の最も少ない型でなければならないのです。この頃は個人主義がどうであると・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・浅学にて古代騎士の状況に通ぜず、従って叙事妥当を欠き、描景真相を失する所が多かろう、読者の誨を待つ。 遠き世の物語である。バロンと名乗るものの城を構え濠を環らして、人を屠り天に驕れる昔に帰れ。今代の話しではない。 何時の頃とも知・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 尾崎士郎氏は名調子の感傷とともにではあるが、それとは異った他の人間的情況のスナップをつたえようとしている。榊山氏の文章は虚無的な色調の上に攪乱された神経と、破れて鋭い良心の破片の閃きとで或る種の市街戦の行われている国際都市の或る立場の・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・ 日本で報告文学が、小説以前の現実状況の報告文学としての意味で、作家と読者との一般的関心の前におかれたのは、今日から数年前、プロレタリア文学のもつ社会性の本質からであった。これまで文学の仕事というものは、今日にあっても室生氏が未だ業なら・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・父母と、こういう状況の下に死別した人々は、その頃の日本にわたしたちばかりではなかった。拘禁生活をさせられていた人々ばかりでなく、どっさりの人は戦地におくられて、通信の自由でなかった家郷の愛するものの生死からひきはなされて、自分たちの生命の明・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・F君は女学生と秘密に好い中になっていたが、とうとう人に隠されぬ状況になったので、正式に結婚しようとした。それを四国の親元で承引しない。そこで親達を説き勧めにF君が安国寺さんを遣ったと云うのである。 私はそれを聞いて、「安国寺さんを縁談の・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・現在の状況を基礎として考えればこうも見られるであろうが、希望を基礎として考えれば事情は非常に異なって来る。日本絵の具といえども胡粉を多量に使用することによって厚みや執着力を印象することは不可能であるまい。写実も思うままにやれるだろう。古い仏・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・それは京都の盛り場よりも繁華であったといわれているが、戦乱つづきの当時の状況を考えると、実際にそうであったかもしれない。 この北条早雲の名において、『早雲寺殿二十一条』という掟書が残っているが、これはその内容の直截簡明な点において非常に・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・ 以上のごとく見れば、応仁以後の無秩序な社会情勢のなかにあっても、ヨーロッパ文化に接してそれを摂取し得るような思想的情況は、十分に成立していたということができるのであろう。だから半世紀の間にキリシタンの宣教師たちのやった仕事は、実際・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫