・・・もし、そうだとしたなら、嫉妬というものは、なんという救いのない狂乱、それも肉体だけの狂乱。一点美しいところもない醜怪きわめたものか。世の中には、まだまだ私の知らない、いやな地獄があったのですね。私は、生きてゆくのが、いやになりました。自分が・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・まことの愛の有様は、たとえば、みゆき、朝顔日記、めくらめっぽう雨の中、ふしつ、まろびつ、あと追うてゆく狂乱の姿である。君ひとりの、ごていしゅだ。自信を以て、愛して下さい。 一豊の妻など、いやなこった。だまって、百円のへそくり出されたとて・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・あたしがあの、ほとんど日本国中が空襲を受けているまっさいちゅうに、あなたたちのとめるのも振り切って、睦子を連れてまるで乞食みたいな半狂乱の恰好で青森行きの汽車に乗り、途中何度も何度も空襲に遭って、いろいろな駅でおろされて野宿し、しまいには食・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・話の筋も場面も実に尋常普通の市井の出来事で、もっとも瘋癲病院の中で酒精中毒の患者の狂乱する陰惨なはずの場面もありはするがいったいに目先の変わりの少ないある意味では退屈な映画である。それだけに、そうしたものをこれだけにまとめ上げてそうしてあま・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・るが故に、五母二母孰れか妻にして孰れか妾なるや其区別もなく、又その間に嫉妬心も見えず権利論も起らざるが如くなれども、万物の霊たる人間は則ち然らず、人倫の大本として夫婦婚姻を契約したる其婦人が、配偶者の狂乱破約を見て不平なからんと欲するも得べ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・其性行正しく妻に接して優しければ高運なれども、或は然らず世間に珍らしからぬ獣行男子にして、内君を無視し遊冶放蕩の末、遂には公然妾を飼うて内に引入れ、一家妻妾群居の支那流を演ずるが如き狂乱の振舞もあらば之を如何せん。従前の世情に従えば唯黙して・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・これまで自分の心にあふれていて、その要素はいろいろな愛情を未熟に熱烈にひとっかたまりにぶつけていたものが失われると思いこんでいるから苦しいのであるし、その無我夢中の苦しさ、その半狂乱に、云うならばむすめ心もあるというものだろう。それと一緒に・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・ 自然と人間とのいきさつをときあかす科学が彼等の魂の砦であった。狂乱やこじつけを自然はいつもうけつけない。黙ってしっかりそれをくいつくし、正しい秩序にかえして再現する。その偉力の美しさ、無限の鼓舞がそこにある。世代から世代へ渡る橋桁は人・・・ 宮本百合子 「彼等は絶望しなかった」
・・・人間が、驚歎すべき生命の消費に耐え狂乱的に見えるまでに、その理性を試しつつ進展させて来た社会の歴史の一こま一こまに、独特な価値、その美しさがないということはありえない。わたしたちの精神が自身面している歴史の波瀾のうちに美と詩と慰藉とを見いだ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・バルザックが自分で「バルザック的狂乱」と形容した生涯について、実に暖い理解と評価とをもってその研究を書いたブランデスでさえも、バルザックには、その真実に近づこうとする偉大な情熱、人間を描き得る驚くべき天才にかかわらず、「『教育と素養』とも言・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫