・・・てくる、こうなってはいくら女の手前だからと言って気取る訳にもどうする訳にも行かん、両手は塞っている、腰は曲っている、右の足は空を蹴ている、下りようとしても車の方で聞かない、絶体絶命しようがないから自家独得の曲乗のままで女軍の傍をからくも通り・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
私はフランス哲学にはドイツ哲学やイギリス哲学と異なった独得な物の見方考え方があると思う。しかし私は今それについて詳しく考え、詳しく書く暇を有たない。ただこれまで人に話したり、或は機に触れて書いたりしたことを、思い出るままに記すだけであ・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・しかしそれでも後に独特の存在となられたのは、近年亡くなられた岩本禎君であったと思う。同君は上にいったように、その頃からギリシャ語を始められ、いつも閲覧室で字引を引いて、少しずつソクラテス以前の哲学者のものを読んでおられたようであった。あの人・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・その不可思議な独特の叡智によつて、彼等はボードレエルを嗅ぎつけ、ドストイェフスキイを嗅ぎつけ、象徴派の詩を嗅ぎつけ、自然主義の文学を嗅ぎつけた。しかし流石にその智慧だけでは、ニイチェを嗅ぎつけることが出来ないのである。 ニイチェはそ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 久しい以前から、私は私自身の独特な方法による、不思議な旅行ばかりを続けていた。その私の旅行というのは、人が時空と因果の外に飛翔し得る唯一の瞬間、即ちあの夢と現実との境界線を巧みに利用し、主観の構成する自由な世界に遊ぶのである。と言って・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・其の他凡そ一家をなせる者には各独特の文体がある。この事は日本でも支那でも同じことで、文体は其の人の詩想と密着の関係を有し、文調は各自に異っている。従ってこれを翻訳するに方っても、或る一種の文体を以て何人にでも当て嵌める訳には行かぬ。ツルゲー・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・ また、或る婦人雑誌はその背後にある団体独特の合理主義に立ち、そして『婦人画報』は、或る趣味と近代機智の閃きを添えて、いずれも、これらのトピックを語りふるして来たものである。 ところが、今日、これらの題目は、この雑誌の上で、全く堂々・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
「愛と死」が、読むものの心にあたたかく自然に触れてゆくところをもった作品であることはよくわかる。武者小路実篤氏の独特な文体は、『白樺』へ作品がのりはじめた頃から既に三十年来読者にとって馴染ふかいものであり、しかもこの頃は、一・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・心敬はこの人を、行儀、心地ともに独得の人としてほめている。よほど個性の顕著な人であったのであろう。そうしてこの禅の体得ということも、日本文化の一つの特徴として、今でも世界に向かって披露せられている点である。そうしてみると、これらの三つの点だ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・ 元来芸術家という者はその人に独特の色があるとともに一般的な性質がなければならない。そして一般的な所は伝統に従って表現し、独特な所には新しい表現法を用いる。ところがデュウゼは一般的な所をも自分の新しい方法で表現した。それゆえに彼女は徹頭・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫