上 夜、盛遠が築土の外で、月魄を眺めながら、落葉を踏んで物思いに耽っている。 その独白「もう月の出だな。いつもは月が出るのを待ちかねる己も、今日ばかりは明くなるのがそら恐しい。・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・ 年の若い巡査は警部が去ると、大仰に天を仰ぎながら、長々と浩歎の独白を述べた。何でもその意味は長い間、ピストル強盗をつけ廻しているが、逮捕出来ないとか云うのだった。それから人影でも認めたのか、彼は相手に見つからないため、一まず大川の水の・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 使 (独白どうもおれは正直すぎるようだ。 小町 まだ強情を張るつもりなのですか? さあ、正直に白状しておしまいなさい。 使 実はあなたにはお気の毒ですが、…… 小町 そんなことだろうと思っていました。「お気の毒ですが、」ど・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・この独白に対して、汽車の轟は、一種のオオケストラを聞くがごときものであった。 停車場に着くと、湧返ったその混雑さ。 羽織、袴、白襟、紋着、迎いの人数がずらりと並ぶ、礼服を着た一揆を思え。 時に、継母の取った手段は、極めて平凡な、・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・という男の独白なぞは全くなかったのである。物語だけをきちんとまとめあげたものであった。そのとしの秋、ジッドのドストエフスキイ論を御近所の赤松月船氏より借りて読んで考えさせられ、私のその原始的な端正でさえあった「海」という作品をずたずたに切り・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・やがて、オリガの独白がはじまる。はじめ低くて、聞えなかった。青年は、暗い観客席の一隅で、耳をすました。とぎれ、とぎれに聞えて来る。 ――あの日、寒かったわね。雪が降っていたんだもの。――あたし、とても生きていられないような、――でも、も・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・私の文学生活の始めから、おそらくはまた終りまで、ボオドレエルにだけ、ただ、かれにだけ、聞えよがしの独白をしていたのではないのか。「いま、日本に、二十七八歳のボオドレエルが生きていたら。」 私をして生き残させて居るただ一つの言葉である・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・仕方が無いから、私は独白の調子でいろいろ言いました。ありがとう、すみません、等の挨拶の言葉を、なぜ人は言わなければならないか。それを感じた時、人は、必ずそれを言うべきである。言わなければわからぬという興覚めの事実。卑屈は、恥に非ず。被害妄想・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・の中のトリゴーリンの独白を書簡集のあちこちの隅からかすかに聴取できただけのことであった。 読者あるいは、諸作家の書簡集を読み、そこに作家の不用意きわまる素顔を発見したつもりで得々としているかも知れないが、彼等がそこでいみじくも、掴まされ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・たとえば、最後の幕で、教授が昔なつかしい教壇の闇に立ってのあのことさらな独白などは全くないほうがいい。また映画ではここでびっこの小使いが現われ、それがびっこをひくので手にさげた燭火のスポットライトが壁面に高く低く踊りながら進行してそれがなん・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫