・・・ 達者で、器用で、何をやらせても一通りこなせるので、例えば彼の書いた新聞小説が映画化されると、文壇の常識を破って、自分で脚色をし、それが玄人はだしのシナリオだと騒がれたのに気を良くして、次々とオリジナル・シナリオを書いたのをはじめ、芝居・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・の作者などが出現すると、その素人の素直さにノスタルジアを感じて、狼狽してこれを賞讃しなければならぬくらい、日本の文学は不逞なる玄人の眼と手をもって、近代小説の可能性をギリギリまで追いつめたというのか。「面白い小説を書こうとしていたのはわれわ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・併し、若い者の情事には存外口喧しくなく、玄人女に迷って悩んでいる板場人が居れば、それほど惚れているのだったら身受けして世帯を持てと、金を出してやったこともあるという。辻占売りの出入りは許さなかったが、ポン引が出入り出来るのはこの店だけだった・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ダンサー、女給、仲居、芸者等いわゆる玄人の女性は気をつけねばならぬ。ことに自分より年増の女は注意を要する。 男女交際と素人、玄人 日本では青年男女の交際の機会が非常に限られていることは不便なことだ。そのためにレデ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・しかし、男のほうはもちろん女のほうもすっかり板についた登山服姿であり、靴などもかなり時代のついた玄人のそれであり、またそれを踏みしめ踏みしめ登って行く足取りもことごとく本格的らしいので、あれは大丈夫だろうということになったのであった。われわ・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・下手な者は無理に弓の毛を弦に押しつけこすりつけてそうしてしいていやな音をしぼり出しているように見えるが、上手な玄人となると実にふわりと軽くあてがった弓を通じてあたかも楽器の中からやすやすと美しい音の流れをぬき出しているかのように見える。これ・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・そうして、自分等がたとえ玄人の絵に対して思ったままの感じを言明しても、それは作者の名誉にも不名誉にもならないという気安さがある。これは実に有難い事である。無責任だというのではないが、何人をも傷つけること無しに感情の自由な発表が許されるからで・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・もちろん玄人筋の考証家には一笑の値もないものであろう。 三弦、三線、三皮前、三びせんなどいろいろの名がある。『嬉遊笑覧』や『松屋三絃考』を見ただけでもたくさんな文献が並べ立ててあるが、いっこうに要領を得難い。永禄あるいは文禄年間に琉球か・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・これは自分が音楽に対して素人であって、日本語に対して玄人であるためかもしれない。しかしまた人間の言語というものがあらゆる音響現象のうちで最も精妙を極めた機巧を具備したものだという事を意味するかもしれない。音楽の方はかなりまで好い加減に色々に・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・ このほうの玄人に聞いてみると、飲食店や店頭にある拡声器が不完全なためにそういう事になるので、よく調節された器械で鉱石検波器を使ってそして耳にあてる受話器を使えばそんなことはないそうである。しかし頭へ金属の鉢巻をしてまでも聞きたいと思う・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
出典:青空文庫