・・・……一五 それからかれこれ一週間の後、僕はふと医者のチャックに珍しい話を聞きました。というのはあのトックの家に幽霊の出るという話なのです。そのころにはもう雌の河童はどこかほかへ行ってしまい、僕らの友だちの詩人の家も写真師のス・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・それは勿論どんな画でも、幻燈が珍しい彼女にとっては、興味があったのに違いなかった。しかしそのほかにも画面の景色は、――雪の積った城楼の屋根だの、枯柳に繋いだ兎馬だの、辮髪を垂れた支那兵だのは、特に彼女を動かすべき理由も持っていたのだった。・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 監督を先頭に、父から彼、彼から小作人たちが一列になって、鉄道線路を黙りながら歩いてゆくのだったが、横幅のかった丈けの低い父の歩みが存外しっかりしているのを、彼は珍しいもののように後から眺めた。 物の枯れてゆく香いが空気の底に澱んで・・・ 有島武郎 「親子」
・・・「さて、どうも、お珍しいとも、何んとも早や。」と、平吉は坐りも遣らず、中腰でそわそわ。「お忙しいかね。」と織次は構わず、更紗の座蒲団を引寄せた。「ははは、勝手に道楽で忙しいんでしてな、つい暇でもございまするしね、怠け仕事に板前で・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・――何処か邸の垣根越に、それも偶に見るばかりで、我ら東京に住むものは、通りがかりにこの金衣の娘々を見る事は珍しいと言っても可い。田舎の他土地とても、人家の庭、背戸なら格別、さあ、手折っても抱いてもいいよ、とこう野中の、しかも路の傍に、自由に・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・もっと美しく、もっときれいに、もっと珍しいものばかりで飾られているばかりでなく、三人の娘らのほかに、見慣れない年若い紳士が四、五人もいました。それらの男は、楽器を鳴らしたり、歌をうたったりしました。娘らは、いずれも美しく着飾って、これまでに・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・露子は、なにを見ても、まだ名まえすら知らない珍しいものばかりでありました。そしてそのピアノの音を聞いたり、蓄音機に入っている西洋の歌の節など聞きましたとき、これらのものも海を越えて、遠い遠いあちらの国からきたのだろうかと考えたのであります。・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・こんなことは珍しいと、温泉宿の女中は客に語った。往来のはげしい流川通でさえ一寸も積りました。大晦日にこれでは露天の商人がかわいそうだと、女中は赤い手をこすった。入湯客はいずれも温泉場の正月をすごしに来て良い身分である。せめて降りやんでくれた・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・田舎には珍しいダリヤや薔薇だと思って眺めている人は、そこへこの家の娘が顔を出せばもう一度驚くにちがいない。グレートヘンである。評判の美人である。彼女は前庭の日なたで繭をにながら、実際グレートヘンのように糸繰車を廻していることがある。そうかと・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・家のなかばかりで見馴れている家族を、ふと往来で他所目に見る――そんな珍しい気持で見た故と峻は思っていたが、少し力がないようでもあった。 医者が来て、やはりチブスの疑いがあると言って帰った。峻は階下で困った顔を兄とつき合わせた。兄の顔には・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
出典:青空文庫