・・・が芽を出すと、それが昆虫を呼び、昆虫が鳥を呼び、その鳥の糞粒が新しい植物の種子を輸入する、そこにいろいろの獣類が移住を始めて次第に一つの「社会」が現出する。日本における植物界の多様性はまたその包蔵する動物界の豊富の可能性を指示するかと思われ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・その同じ季節風が朝方には陸風と打消し合って朝凪を現出することになるのである。 低気圧が近づいて来るとその影響で正常な季節風が狂って来る。低気圧による北西風が丁度この南東風を打消すようになる場合には海陸風だけが幅を利かせて、従って夕凪が顔・・・ 寺田寅彦 「夕凪と夕風」
・・・混沌たる明治文明の赴くところは大正年間十五年の星霜を経由して遂にこの風俗を現出するに至ったものと看るより外はない。一たび考察をここに回らせば、世態批判の興味の勃然として湧来るを禁じ得ない。是僕をして新聞記者の中傷を顧みず泰然としてカッフェー・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・もとよりこの二流は、はじめより元素を殊にするものなれば、とうてい親和抱合すべからざるものと思わるれども、人事紛紜の際には思のほかなる異像を現出するものなり。近くその一例を示さん。 旧幕府の末年に、天下有志の士と唱うる人物の内には、真に攘・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・今日の、日本の人民の一員たる現実の姿が、よかれあしかれ、そこに現出しているのである。 そういう日常の生活をしている官吏たちが、偶々一人の若い母親とその赤子の上にふりかかった災難をとりあげて警告的処罰をしようと思い立った理由は、どこにあり・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・ こういう時代錯誤的な切ない風景を街に現出した根源には戦争による国民経済の破壊があり、そこに君臨した制服万能の問題があることをわたしたちは決して見のがしてはならないと思う。制服というものは土台、一人一人の人格や個性、その人の人生を抹殺し・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・欧州大戦と、この大戦では被害という程の経験をしなかった日本が、大戦に当って好景気時代にめぐり会い、社会経済に一段と膨脹を示したことは、直接にはジャーナリズムの規模の飛躍的な拡大となり、一方に円本時代を現出した。そして当時の既成作家の大部分が・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・の横行時代を現出した。日清、日露の両戦争の後には漱石がそれ等に対して猛烈な反撥を示した成金が現れ、実業家も権力に加った。日本で文学の仕事に従った人が同時に時の権力の精神的、文化的指導者であったのは、極めて短い開化期の文化建設の時期に於てのみ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・この困難性が、一方では国文学熱を高めつつある作用の逆の面として現出していることは、現実というものの微妙厳粛な所以である。日本文学古典の伝統を強調すればするほど、その伝統を客観的に、史的に整理するに必要な条件に制約が加わるという事実は、学問と・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・そしてこの二つの動きの間に計らずも現出している開き或は角度が来年の文学の成長にとって案外深い連関をもつ性質をふくんでいるのではないかと考えられる。 現代文学のこれまでの動きの様々の時期をかえりみると、それ等の文学的エポークには、それぞれ・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
出典:青空文庫