・・・継ぎはぎの一時凌ぎ、これが正しく私の実行生活の現状である。これを想うと、今さらのように armer Thor の嘆が真実であることを感ずる。二 私はどうしたらよかろうか。私は一体どうして日々を送っているか。全くのその日暮し、・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・自分では絶えず工夫して進んでいるつもりでも、はたからはまず、現状維持くらいにしか見えないものです。製作の経験も何もない野次馬たちが、どうもあの作家には飛躍が無い、十年一日の如しだね、なんて生意気な事を言っていますが、その十年一日が、どれだけ・・・ 太宰治 「炎天汗談」
・・・「大丈夫です。現状維持というところです。」「それは、大慶のいたりだ。」しんから、ほっとなされた御様子であった。「それではもう、何も恐れる事は無い。私も大威張りで媒妁できる。何せ相手のお嬢さんは、ひどく若くて綺麗だそうだから、実は心配・・・ 太宰治 「佳日」
・・・は、ひどいめに遭いましてね、結婚してすぐ召集されて、やっと帰ってみると家は綺麗に焼かれて、女房は留守中に生れた男の子と一緒に千葉県の女房の実家に避難していて、東京に呼び戻したくても住む家が無い、という現状ですからね、やむを得ず僕ひとり、そこ・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・これが、日本の文壇の現状のようである。苦悩を知らざる苦悩者の数のおびただしさよ。私は今迄、自己を語る場合に、どうやら少しはにかみ過ぎていたようだ。きょうよりのち、私は、あるがままの自身を語る。それだけのことである。語らざれば憂い無きに似たり・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・この場合には第一にこれらの分布を知り、またすべての弱点に対する歪みの限界値を知り、同時にすべての弱点における歪みの刻々の現状を知るを要す。仮りにこれらが知られたりとするも、多数の弱点が同時に不安定に近づく時、そのいずれが先ず変化を始むべきか・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・ 次にエントロピーは一つの系全体にわたる積分として与えらるる性質のものであって、それが指定されても系を組織する各個体の現状は指定されない。これはこの時計の不便な点であって同時にすぐれた点である。ガス体の分子やエレクトロンの集団あるいは光・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・しかし、現状をはなれて抽象的に考えてみると連句的ジャーナリズムやジャーナリズム的連句といったようなものの可能性も全然ないとは考えられない。たとえばロシア映画のあるものは前者の類型であり、アメリカ映画のあるものは後者の仲間であると言ってもそう・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・ それならばペンの目方を指定しその落下の状況を予知するには、単に緯度や高さや温度や気圧を知るのみならず全宇宙の現状を知悉する事が必要であろうか。力学物理学の教科書を繙いてみると極めて簡単な言葉で重力の方則や落体運動の方則が述べてある。吾・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・私は一同に加って狐退治の現状を目撃したいと云ったけれど、厳しく母上に止められて、母上と乳母の三人で、例の如く座敷の炬燵に絵草紙を繰拡げはしたものの、立ったり坐ったり、気も気では無い。鉄砲の響と云えば、十二時の「どん」しか聞いた事がない。あれ・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫