・・・だから無愛想なウェエタアが琥珀のような酒の杯を、彼の前へ置いて行った後でも、それにはちょいと唇を触れたばかりで、すぐにM・C・Cへ火をつけた。煙草の煙は小さな青い輪を重ねて、明い電燈の光の中へ、悠々とのぼって行く。本間さんはテエブルの下に長・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・たとい嘘とは云うものの、ああ云う琵琶法師の語った嘘は、きっと琥珀の中の虫のように、末代までも伝わるでしょう。して見ればそう云う嘘があるだけ、わたしでも今の内ありのままに、俊寛様の事を御話しないと、琵琶法師の嘘はいつのまにか、ほんとうに変って・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・洒落た切子細工や典雅なロココ趣味の浮模様を持った琥珀色や翡翠色の香水壜。煙管、小刀、石鹸、煙草。私はそんなものを見るのに小一時間も費すことがあった。そして結局一等いい鉛筆を一本買うくらいの贅沢をするのだった。しかしここももうその頃の私にとっ・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・泡立つ杯は月の光に凝りて琥珀の珠のようなり。二郎もわれもすでに耳熱し気昂れり。月はさやかに照りて海も陸もおぼろにかすみ、ここかしこの舷燈は星にも似たり。 げに見るに忍びざりき、されど彼女自ら招く報酬なるをいかにせん、わがこの言葉は二郎の・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 清酒と同様に綺麗に澄んでいて、清酒よりも更に濃い琥珀色で、アルコール度もかなり強いように思われた。「優秀でしょう?」「うむ。優秀だ。地方文化あなどるべからずだ。」「それから、先生、これが何だかわかりますか?」 青年は持・・・ 太宰治 「母」
・・・「琥珀の中の蝿」などと自分で云っているが、単なるボスウェリズムでない事は明らかに認められる。 時々アインシュタインに会って雑談をする機会があるので、その時々の談片を題目とし、それの注釈や祖述、あるいはそれに関する評論を書いたものが纏まっ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・テエブルの上には琥珀のように黄色いビイルと黒耀石のように黒いビイルのはいったコップが並んで立っている。どちらを見ても異人ばかりである。それが私には分らない言葉で話している。 高い旗竿から八方に張り渡した縄にはいろいろの旗が並んで風に靡い・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・土人の中には大きな石鹸のような格好をした琥珀を二つ、布切れに貫ぬいたのを首にかけたのがいた。やはり土人の巡査が、赤帽を着て足にはサンダルをはき、鞭をもって甲板に押し上がろうとする商人を制していた。 一時に出帆。昨夜電扇が止まって暑くて寝・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・御存じの琥珀と云うものがありましょう。琥珀の中に時々蠅が入ったのがある。透かして見ると蠅に違ありませんが、要するに動きのとれない蠅であります。蠅でないとは言えぬでしょうが活きた蠅とは云えますまい。学者の下す定義にはこの写真の汽車や琥珀の中の・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・それが乱れ、雑り、重なって苔の上を照らすから、林の中に居るものは琥珀の屏を繞らして間接に太陽の光りを浴びる心地である。ウィリアムは醒めて苦しく、夢に落付くという容子に見える。糸の音が再び落ちつきかけた耳朶に響く。今度は怪しき音の方へ眼をむけ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫