・・・白い男は、何にも云わずに、手に持った琥珀色の櫛で軽く自分の頭を叩いた。「さあ、頭もだが、どうだろう、物になるだろうか」と自分は白い男に聞いた。白い男はやはり何も答えずに、ちゃきちゃきと鋏を鳴らし始めた。 鏡に映る影を一つ残らず見るつ・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・り牡丹餅たばす彼岸かな滝口に灯を呼ぶ声や春の雨よき人を宿す小家や朧月小冠者出て花見る人を咎めけり短夜や暇賜はる白拍子葛水や入江の御所に詣づれば稲葉殿の御茶たぶ夜なり時鳥時鳥琥珀の玉を鳴らし行く狩衣の袖の裏這ふ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ そのうすくらい仕事場を、オツベルは、大きな琥珀のパイプをくわえ、吹殻を藁に落さないよう、眼を細くして気をつけながら、両手を背中に組みあわせて、ぶらぶら往ったり来たりする。 小屋はずいぶん頑丈で、学校ぐらいもあるのだが、何せ新式稲扱・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・東が琥珀のようになって大きなとかげの形の雲が沢山浮んでいた。『あ、とうとう消だ。』と誰かが叫んでいた。おかしいのはねえ、列のまん中ごろに一人の少し年老った人が居たんだ。その人がね、年を老って大儀なもんだから前をのぼって行く若い人のシャツ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・バナナン大将手籠を持ちてその下を潜バナナン大将「実に立派じゃ、この実はみな琥珀でつくってある。それでいて琥珀のようにおかしな匂でもない。甘いつめたい汁でいっぱいじゃ。新鮮なエステルにみちている。しかもこの宝石は数も多く人をもなやまさ・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・ 雲の縞は薄い琥珀の板のようにうるみ、かすかなかすかな日光が降って来ましたので、本線シグナルつきの電信柱はうれしがって、向こうの野原を行く小さな荷馬車を見ながら低い調子はずれの歌をやりました。「ゴゴン、ゴーゴー、 うすい・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ まもなく東のそらが黄ばらのように光り、琥珀いろにかがやき、黄金に燃えだしました。丘も野原もあたらしい雪でいっぱいです。 雪狼どもはつかれてぐったり座っています。雪童子も雪に座ってわらいました。その頬は林檎のよう、その息は百合のよう・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・野ばらの枝は茶色の琥珀や紫がかった霰石でみがきあげられ、その実はまっかなルビーでした。 もしその丘をつくる黒土をたずねるならば、それは緑青か瑠璃であったにちがいありません。二人はあきれてぼんやりと光の雨に打たれて立ちました。 はちす・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
一、ペンネンネンネンネン・ネネムの独立 〔冒頭原稿数枚焼失〕のでした。実際、東のそらは、お「キレ」さまの出る前に、琥珀色のビールで一杯になるのでした。ところが、そのまま夏になりましたが、ばけものたちはみんな騒ぎ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・そして諒安はそらいっぱいにきんきん光って漂う琥珀の分子のようなものを見ました。それはさっと琥珀から黄金に変りまた新鮮な緑に遷ってまるで雨よりも滋く降って来るのでした。 いつか諒安の影がうすくかれ草の上に落ちていました。一きれのいいかおり・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
出典:青空文庫