・・・ 少し我が儘なところのある彼の姉と触れ合っている態度に、少しも無理がなく、――それを器用にやっているのではなく、生地からの平和な生まれ付きでやっている。信子はそんな娘であった。 義母などの信心から、天理教様に拝んでもらえと言われると・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・カシミヤの白手袋が破れて、新しいのを買おうとしても、カシミヤのは、仲々無いので、しまいには、生地は、なんであっても白手袋でさえあればという意味で、軍手になりました。兵隊さんの厚ぼったい熊の掌のように大きい白手袋であります。なにもかも、滅茶滅・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・現在ではただ与えられたいわゆるスターの生地とマンネリズムとを前提として脚色はあとから生まれるから、スター崇拝者は喜ぶであろうが、できたものは千編一律である。もっともこれは日本の映画に限らない世界的の傾向かもしれないが、自分の不満はこの一般傾・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・、国貞型、ガルボ型、ディートリヒ型、入江型、夏川型等いろいろさまざまな日本婦人に可能な容貌の類型の標本を見学するには、こうした一様なユニフォームを着けた、そうしてまだ粉飾や媚態によって自然を隠蔽しない生地の相貌の収集され展観されている場所に・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・説明するまでもなく金春の煉瓦造りは、土蔵のように壁塗りになっていて、赤い煉瓦の生地を露出させてはいない。家の軒はいずれも長く突き出で円い柱に支えられている。今日ではこのアアチの下をば無用の空地にして置くだけの余裕がなくって、戸々勝手にこれを・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・病気ではないが、頬に痩せが見えるのに、化粧をしないので、顔の生地は荒れ色は蒼白ている。髪も櫛巻きにして巾も掛けずにいる。年も二歳ばかり急に老けたように見える。 火鉢の縁に臂をもたせて、両手で頭を押えてうつむいている吉里の前に、新造のお熊・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・あすこには、ほんとうに腹から笑う素朴なおかしさと、生地むいだしの人間らしさとがあってシェクスピアという戯曲家の着目と力量とが、全くひととおりのものでないことをうなずかせた。 この職人衆のリアリスティックな場面に対して、二組の恋人たちが、・・・ 宮本百合子 「真夏の夜の夢」
・・・人々から断片的にあつめたインフォーメエションの上に立ち、而も作家としての立場からそれらの情報、説明を現実に照らし合わせて正当に判断するだけの力はない作者の無知が、言葉の綾では収拾つかぬ程度にまで作品の生地に露出している。それだけであるならば・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
出典:青空文庫