・・・しかも巌がくれの裏に、どうどうと落ちたぎる水の音の凄じく響くのは、大樋を伏せて二重に城の用水を引いた、敵に対する要害で、地下を城の内濠に灌ぐと聞く、戦国の余残だそうである。 紫玉は釵を洗った。……艶なる女優の心を得た池の面は、萌黄の薄絹・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・四方板べいで囲まれ、すみに用水おけが置いてある、板べいの一方は見越しに夏みかんの木らしく暗く茂ったのがその頂を出している、月の光はくっきりと地に印して寂として人のけはいもない。徳二郎はちょっと立ち止まって聞き耳を立てたようであったが、つかつ・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・ 弥勒の村は、今では変わってにぎやかになったけれども、その時分はさびしいさびしい村だッた、その湯屋の煙突からは、静かに白い煙が立ち、用水縁の小川屋の前の畠では、百姓の塵埃を燃している煙が斜めになびいていた。 私とO君とは、その小川屋・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・道は時々低く堤を下って、用水の流に沿い、また農家の垣外を過ぎて旧道に合している。ところどころ桜の若木が植え付けられている。やがて西新井橋に近づくに従って、旧道は再び放水路堤防の道と合し、橋際に至って全くその所在を失ってしまう。 西新井橋・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・これに反して、新しい人間生活のために暗渠をつくり、灌漑用水を掘り、排水路をつけて、自身の歴史をみのらしてゆこうとする事業は、まったく新しい事業である。一揆、暴動などという悲劇的な正義の爆発の道をとおらずに、人民の全線が抑圧に抵抗しようとする・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
出典:青空文庫