・・・けれども婆さんの話したままを書けば、半之丞は(作者註。田園的嫉妬の表白としてさもあらんとは思わるれども、この間に割愛せざるべからざる数行と言うことです。 前に書いた「な」の字さんの知っているのはちょうどこの頃の半之丞でしょう。当時まだ小・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・「田園の憂欝」の如き、「お絹とその兄弟」の如き、皆然らざるはあらず。これを称して当代の珍と云う、敢て首肯せざるものは皆偏に南瓜を愛するの徒か。 芥川竜之介 「佐藤春夫氏の事」
・・・新鮮な朝の空気と共に、田園に特有な生き生きとした匂いが部屋じゅうにみなぎった。父は捨てどころに困じて口の中に啣んでいた梅干の種を勢いよくグーズベリーの繁みに放りなげた。 監督は矢部の出迎えに出かけて留守だったが、父の膝許には、もうたくさ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・劫初以来人の足跡つかぬ白雲落日の山、千古斧入らぬ蓊鬱の大森林、広漠としてロシアの田園を偲ばしむる大原野、魚族群って白く泡立つ無限の海、ああこの大陸的な未開の天地は、いかに雄心勃々たる天下の自由児を動かしたであろう。彼らは皆その住み慣れた祖先・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ただし野良調子を張上げて田園がったり、お座敷へ出て失礼な裸踊りをするようなのは調子に合っても話が違う。ですから僕は水には音あり、樹には声ある文章を書きたいとかせいでいる。 話は少しく岐路に入った、今再び立戻って笑わるべき僕が迷信の一例を・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ 東京の物の本など書く人たちは、田園生活とかなんとかいうて、田舎はただのんきで人々すこぶる悠長に生活しているようにばかり思っているらしいが、実際は都人士の想像しているようなものではない。なまけ者ならば知らぬ事、まじめな本気な百姓などの秋・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・森をもって分つ村々、色をもって分つ田園、何もかもほんのり立ち渡る霞につつまれて、ことごとく春という一つの感じに統一されてる。 遥かに聞ゆる九十九里の波の音、夜から昼から間断なく、どうどうどうどうと穏やかな響きを霞の底に伝えている。九十九・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・今や敵国に対して復讐戦を計画するにあらず、鋤と鍬とをもって残る領土の曠漠と闘い、これを田園と化して敵に奪われしものを補わんとしました。まことにクリスチャンらしき計画ではありませんか。真正の平和主義者はかかる計画に出でなければなりません。・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・それは気味わるかったが、広々と開けた場処へ出て、みんなで、もぎとって来た、針の先でつゝいたような白い点々のある、真赤の実を食べた、そのうまかったことと、青い、青い、田園の景色を忘れることができません。 この話は、初期のころの作品、「・・・ 小川未明 「果物の幻想」
・・・そうしたことに考え至らずして、これまでの作家は、田園を詩的に取扱ったものが多かった。そして、自然の生活に帰れとか、土の文学とか、いろ/\に名づけていたが、畢竟、ブルジョア意識に生じた文学と言わなければならなかったのです。 恰も、今日の都・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
出典:青空文庫