湯島の境内 冴返る春の寒さに降る雨も、暮れていつしか雪となり、仮声使、両名、登場。上野の鐘の音も氷る細き流れの幾曲、すえは田川に入谷村、その仮声使、料理屋の門に立ち随・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・「オヤ、田川さん。」「少し用事が有て来たのよ、最早お寝?」「オヤそう、お上がんなさいよ、でも未だ十時が打たないでしょう。」「晩く来てお気の毒様ねエ」と少女は少しもじもじして居る。 二階の女の姿が消えると間もなく、下の雨戸・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ きゅうにドカドカと騒がしい音がして、二人の支那人が支那服を着た田川を両方から助け肩にすがらしてはいってきた。「大人、露西亜人にやられただ」 支那人の呉清輝は、部屋の入口の天鵞絨のカーテンのかげから罪を犯した常習犯のように下卑た・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・わたくしはかつてそれらの中の一構が、有名な料理屋田川屋の跡だとかいうはなしを聞いたことがあった。『たけくらべ』に描かれている竜華寺という寺。またおしゃまな娘美登里の住んでいた大黒屋の寮なども大方このあたりのすたれた寺や、風雅な潜門の家を、そ・・・ 永井荷風 「里の今昔」
出典:青空文庫