・・・改めて三本勝負を致されるか、それとも拙者が殿への申訳けに切腹しようか。」とまで激語した。家中の噂を聞き流していたのでは、甚太夫も武士が立たなかった。彼はすぐに三左衛門の意を帯して、改めて指南番瀬沼兵衛と三本勝負をしたいと云う願書を出した。・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・費こそは安いが、いずれも一家をなし、一芸に、携わる連中に――面と向っては言いかねる、こんな時に持出す親はなし、やけに女房が産気づいたと言えないこともないものを、臨機縦横の気働きのない学芸だから、中座の申訳に困り、熱燗に舌をやきつつ、飲む酒も・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 六「さて、どうも更りましては、何んとも申訳のない御無沙汰で。否、もう、そりゃ実に、烏の鳴かぬ日はあっても、お噂をしない日はありませんが、なあ、これえ。」「ええ。」と言った女房の顔色の寂しいので、烏ばかり鳴く・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・初の烏 真に申訳のございません、飛んだ失礼をいたしました。……先達って、奥様がお好みのお催しで、お邸に園遊会の仮装がございました時、私がいたしました、あの、このこしらえが、余りよく似合ったと、皆様がそうおっしゃいましたものでございますか・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・されば云うて、自分も兵隊はんの抜けがら――世間に借金の申し訳でないことさえ保証がつくなら、今、直ぐにでも、首くくって死んでしまいたい。」「君は、元から、厭世家であったが、なかなか直らないと見える。然し、君、戦争は厭世の極致だよ。世の中が・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・口の先では済まない事をした、申訳がありませんといったが、腹の底では何を思ってるか知れたもんじゃない。良心がまるで曇ってる。」「Yも平気でしたか?」「イヤ、Yは小さくなって悄れ返っていた。アレは誘惑されたんだ、オモチャにされたんだ。」・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・そういう道学的小説観は今日ではもはや問題にならないが、為永春水輩でさえが貞操や家庭の団欒の教師を保護色とした時代に、馬琴ともあるものがただの浮浪生活を描いたのでは少なくも愛読者たる士君子に対して申訳が立たないから、勲功記を加えて以て完璧たら・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・という申訳の表札の文字が、鈍い裸電燈の明りに、わずかにそれと読めた。「やあ、うちもやられたんですか」「やられたよ。田舎へ引っ込もうと思ったんだが、お前が帰って来てうろうろすると可哀想だと思ったから、とにかく建てて置いたよ」 それ・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・「……幸いこの家が明いていたから、よかったようなものの、他に約束でもあって断わられたとしたら、せっかくここを指して集ってきた人たちに対して僕が名義人として何と言って、皆さんへ申訳するのだ! どんな不面目迷惑を蒙らなければならぬか! そん・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ かれは酒を飲むにつれて、しきりに例の大言を昔のままに吐いたが、これはその実、昔のかれに自分で自分が申し訳をして、いささか快しとしているばかりである。むしろ時々小声で、『しかしおれももうだめだよ、』とわれ知らずもらす言葉が真実であった。・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
出典:青空文庫